喪主する君と 青い春 石川編

ギャラリスト探偵

ハジメの言葉に観念するかのように、レンが 名刺を持って考えたままのカスガに 教授する。

「例えば、このオフィスの黒看板を前にした時、俺は『 Abbey House アビハウス』と脳内変換している。」

その言葉に、カスガが 手の中の名刺を見つめた。ピンと来ない顔だ。
レンはお構い無しに重ねる、

「そして、ここじゃない展示会場で その看板をみれば『two-twenty-one-bis』と脳内変換している。」

ここで、ハジメの目が見開いた。
カスガの顔も明るくなる。

「ハジメさんからもらう 名刺を前した時は、『武久一裏顔です~』と脳内変換している。」

口を弓なりにして、レンがハジメの顔を牽制するように見る。
ハジメが、大げさに拍手をして見せた。

「いや~、Dir!まさか、そんなシチュエーション每で 呼んでたなんて!思いもよらず!なんて、光栄だぁ。」

レンは 左手にグラスを持ったままに、腕を組んだ。

「そっか!221B ! っすね。」

カスガが、ハジメとレンの交互をみて、まるで尻尾を ブンブン振るように、喜んでいる。

「世界で一番有名な探偵のいる場所さぁ♪まあ、好きに皆、呼んでくれてるけど。Assoc君は、それでいいんじゃない~?」

ハジメは、レンの『脳内変換三段活用』に甚く感銘して、機嫌を良くしたらしかった。
ここに来て、レンとカスガに オーナーズルームにある、キャメルブラウンのソファーを示したのだ。

「ハジメオーナー?どうして 探偵の住所を、つけたんすか?」

促されるまま 二人はその、ヴィンテージレザーの三人掛けに座わる。
カスガは、名刺をようやくケースに直しつつ、質問してみた。


「探偵って、隠されたモノを調べるお仕事でしょぉ?」

ハジメは、カスガを一瞥した。


そうして、
『飲みね~、飲みね~』と言わんばかりに、レンのグラスにお代わりを注ぎながら、

「ギャラリストってね、 芸術の新しい潮を創る為、才能を見つけて、世界観を広げて、展覧会で発信する お仕事なのかな。」

可愛い後輩に教えるように、
言葉を繋いでいく。


「私はね、アートだけじゃなく、社会を反映するようなモノ。 歴史的な骨董。工芸品も扱うんだよね~。」

ハジメは、新しく淹れたグラスを、レンの前に置く。

「人の数だけ、嗜好の数だけ。市場を広く捉えてる。」

そして、カスガの前にも、新しいグラスを置いた。

「忘れられた 港の倉庫にあるモノ。才能がみせるストーリー。拾い集めて 発信する。な~んて言うとカッコいいけど、ソウルフルなモノを扱ってると、『生き様』って感じるんだよね。」

そして、二人が座る向かいの、二人掛けソファーの前に、デキャンタセットを置いて、

「モノを通じて、人生に触れる。それが歴史の切欠に直面したり。采配したり。そ~ゆ~のん、ほら 顧問探偵みたいでしょ?」

レンと カスガの目の前に 座った。二人が座るヴィンテージレザーと同じ座面。

「ゴッホの絵ってさぁ、ホントは巨匠が生きているうちには、1枚も売れていないんだよねぇ。売る前にゴッホ兄弟が亡くなっちゃうから。」

ハジメ自身のグラスに注いだ 金色の水を 満足そうに口に含んで、

「芸術を生業にするには、どう、作家の活動を 歴史的に残せるかが肝なんだよ。なかなかの難題だね。ふふ。ロマンだよ~♪。」

組んだ腕の指を 顎にかけて
レンとカスガに、子供の様に笑った。


「ご挨拶はこのぐらいにして、今日は どうしたのかな、Dir ?」

窓から射し込む日差しが変わった。
レンが、ハジメの目を射て来たのを、合図に ハジメが 今度は聞く。


「後輩に、発見された『例の青の顔料』を、直接見せて おこうかと思いましてね。貴方の所なら、お手元にあるのではないかと?つい、 営業周りに甘えさせていただきました。まあ、退院のお祝いにも、参りましたよ。」

レンは、極上の笑顔をしてハジメに、 御完治おめでとうございます。とも 礼する。

「ふん。なら早く言ってくれるかなあ~。両足骨折って、大変なんだよぉ。じゃ、そうゆうことなら、丁度、顔料意外に アクリル画材になったものも入ってるからねぇ。」

そう言って ハジメは 立ち上がり、デスク後ろのキャビネットに寄る。
キャビネット方向を、興味深々の眼差しを向けて、カスガが言う。

「なんだか、意外っす。ギャラリーに 新開発の塗料を見にくるなんてっ。僕達みたいな 産業企業とは 『縁がない分野』っーんすか?」

今度は 銀のトレーにシャーレーを乗せて、ハジメは、二人のソファーに戻る。

「ハハ。新進気鋭のアーティストなら果敢に、作品へ取り入れたがるからね~。市場にでれば、高額だけど、私は 手に入れるよ?画材の提案も仕事の範疇だからねぇ。」

シャーレの中には、
見たこともないような

発色の ブルーが、
粉で ある。


「カスガ。色の業界は侮れないよ。どの産業にも係わる素材だ。身近になら、東北新幹線の青色も、特別な産業ブルー『青の王者』といわれる青なんだよ。」

それは、
宝石を粉にしたような 高貴な青。

そう、レンの話を耳に

カスガは思った。


「色彩分野の 社会影響は、それこそ、年間数億円を動かす。」

レンは、ハジメに促すように、視線を投げる。
それを受けて、ハジメが

「それに、、今回の新しい青は、存在価値だけで、3兆2000億円とも云われる代物だよ~。考えてみてよ、『ゴッホのひまわり』で53億円だよ。」

ハジメが、

シャーレの蓋を
静かに

カスガへ開いて

魅せる。

「たった一色の青が、産業の影響に、未知数の価値を生む 。これは、『奇跡の青』なんだよね。」
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