その上司、俺様につき!
名前のつけられない感情
情熱を持って働く社員には誠意をもって対応し、「お金のために働いている」と割り切る社員は適当にあしらう。
久喜さんの社員に対する態度の違いはとてもはっきりしていて、いっそ小気味がいいくらいだった。
(……そういう、目に見えない”気持ち”とか”熱意”からは、一番遠い場所にいる人だと思ってたのに)
彼自身、働くことが好きで、この仕事に誇りをもっているからかもしれない。
十分に休む間もなく、毎日ぎっしり詰め込まれた面談のスケジュール。
わずかにできる隙間の時間に昼食をとり、面談の結果をまとめなければならなかった。
4月も半ばに入ったが、この忙しさはまだまだ続きそうだ。
「おい、遠藤」
急に名前を呼ばれた私は、頬張ったサンドウィッチを懸命に咀嚼し、久喜さんのデスクに馳せ参じる。
「は、はひ」
慌てすぎたせいで、食パンが喉に引っかかってしまった。
ぐっと気合いで飲み込み、あくまで平静を装う。
「―――な、なんでしょうか」
「昨日頼んでおいた件、どこまで進んだ?」
「あ、ほぼほぼできています。少々お待ちください」
いそいそとデスクに戻り、昨夜久喜さんに頼まれた、営業部の社員個別業績データをクリップでまとめる。
「不備がないか一度見直したのですが、念のため再チェックをしていました」
「……もらっても構わないか?」
「はい、大丈夫です」
書類を手渡すと、再び自分の席に帰る。
私の仕事のスピードや癖を短期間で完全に把握した彼は、こちらの作業が終わるジャストのタイミングで声をかけてくるようになった。
ぼやぼや気を抜いていると、次々やってくる要求に応えきれない。
久喜さんとの業務は、今までに感じたことのないスリリングな臨場感と高揚感とに満ちていた。
(自分の能力を、精一杯出し切ってる感じがする……!)
何より、私のやり方や考え方を認めてもらえている気がして、本当に嬉しい。
営業部にいた時も、こんな気持ちを味わったことはなかった。
(性格は本当に残念な人だけど、仕事はできるし見た目はイケメンだし。上司と部下という付き合いなら、これからもなんとかやっていけそう!)
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