その上司、俺様につき!
天国から地獄
「はあ……」
久喜さんの自宅に招待されてからというもの、ため息ばかりついている気がする。
面談後の大事な事務処理中だというのに、考えるのは彼のことばかりだ。
ここでの作業が遅れれば遅れるほど、私の帰宅時間も遅くなる。
頭ではわかっているはずが、さっきからずっと何も手につかない状況が続いている。
PCの画面に表示されている時間は、午後8時過ぎ。
(3日前のこの時間、久喜さんと一緒にタクシーに乗っていただなんて、まだ信じられない……)
通されたマンションの中は外観を裏切らないゴージャスさで、久喜さんの部屋は高層の名にふさわしく、最上階の一室だった。
エレベーターも会社のものとは比べものにならないくらい立派で、内装もスピードも雲泥の差だった。
(破格の待遇で会社に迎えられているっていう噂は、本当なのかも……)
あながち、他に流れている噂にも真実が紛れているかもしれない。
あの広い部屋の月額家賃だけで、私のひと月分の給料は軽く吹っ飛ぶはずだ。
玄関の時点で生活レベルの違いを見せつけられてしまった。
ワンルーム住まいの私のお風呂場を、ゆうに超える面積の玄関だった。
続いて案内されたダイニングキッチンも、さながら5つ星ホテルのレストランのような雰囲気で……。
(料理もすごくおいしかったな……)
おそらく前日から仕込んでいてくれたのだろうローストビーフに、旬野菜の温サラダ。
私の健康を気遣ってくれていることを証明するような、具沢山のミネストローネ。
グルメ雑誌や情報番組で何度も取り上げられているベーカリーのフランスパンには、クリームチーズとアボカドのディップが添えられていた。
アルコールは断固飲まないと早々に宣言されたので、炭酸水での乾杯になったけど、十分に気持ちが満たされる晩餐だった。
料理もさることながら、器もカトラリーもひと目で高級だと知れる見事な逸品で、普段から彼がよく料理をすることが窺えた。
(部屋の掃除も隅々まで行き届いていたし、イケメンな上に仕事もできて家事も完璧だなんて!)
男性らしく、室内はモノトーンが基調のインテリアに統一されていた。
殺風景にならないよう、ところどころに観葉植物や間接照明が置かれていて、そんなさりげなさが余計にセンスを感じさせた。
リビングとキッチン、そしてトイレの他にも2つ部屋があった。
おそらく寝室と書斎だろう。
(どうしよう……! 久喜さんの嫁になりたいというよりも、嫁に来てほしいなんて思っちゃう!)
食事の時間自体は、やれアレも食べろだのコレも食べろだの、口うるさく言われ続けてしまった。
当然甘いムードとはいえない状況で、まるで実家に帰った時のような居心地だったが、それでも私は幸せだった。 
あの日から、幸福な思い出の脳内再生が止まらない。
そんなこんなで私は今、注意力・集中力がともに絶賛低下中だったりする。
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