その上司、俺様につき!
仕事に生きると決めたのに
カタカタとキーボードを叩く音だけが響くオフィス。
私は午前中に終えた面談の結果をPCに打ち込むと、報告資料のざっくりした叩き台を作成していった。
「これからは仕事に集中する」と決めてから2週間あまり。
業務もいよいよ佳境を迎え、社内のほぼ5分の2の社員が、久喜さんとの面談を終えた。
この1ヶ月、怒涛のスケジュールを我ながらよくこなしたものだと思う。
けれども、当初予定していた4月5月中に全社員の面談を終える、と言う計画は大幅にずれ込んでいる。
その件について、今朝、社長に期間延長を申し出た。
「最初から2ヶ月でこなそうだなんて、無理だろうなと思っていた」
叱責されると覚悟してのことだったのに、予想は大きく裏切られた。
ふくよかなお腹を撫でながら、社長にカラッと笑って言った。
「夏までに終わればいい。その後、君達のまとめた資料を確認させてもらう。そこから再配置の会議だな」
そしてたっぷりしたあご髭を指先でいじり、彼は先の見通しを立てていく。
その臨機応変ぶりはさすがだった。
「では、具体的な人事異動は随時ということで」
一社員がこんな風に、社長と直接話をすることなんてありえない。
(本当に久喜さんって何者なの……?)
置かれている机も椅子も調度品も、当たり前だが私達が使っているものとはワンランクもツーランクも上の一級品だ。
(私なんて、社長室に入るのだって初めてなのに……!)
それなのに、緊張でカチコチに固まった私とは違い、久喜さんはかなりリラックスした態度だった。
「正直、現段階ではそれほど異動希望者は出ていません。ただ、異動させたい人材は多数います」
「そうだな。一気に社員を動かすと社内も混乱するだろうし……。まぁ、もっともこの考え方自体、古いのかもしれないがね」
ガハハと豪快に社長が体を揺らす。
「いえ、正しいご判断かと存じます」
「そうか。それはよかった」
満足そうに頷く社長の様子を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
「それはそうと、遠藤君……だったかな」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて、せっかく緩んだ緊張が再び蘇る。
「久喜君はどうだね? いじめられていやしないかね?」
「え?」
「―――社長!」
何を言われたのか理解するよりも先に、思考は焦った久喜さんの声に邪魔された。
「……以上でもう、よろしいですか? それでは失礼いたします」
行くぞと促され、慌てて社長にお辞儀をすると、私は久喜さんに引きずられるまま社長室を後にした。
(よっぽど社長とは、長いつき合いなのかな……?)
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