侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
エピローグ
「たまにはこんな交流の仕方があってもいいよねえ」
 ナイジェルが楽しそうに隣に座る妻に話しかける。
「ですがやはり落ち着きませんわ」
 アメリカは肩を動かした。
「コーディア嬢はどう?」
 ナイジェルに振られたコーディアは目の前に座るリデル夫妻を交互に見やった。
「えっと……アメリカ。無理していない?」
「別にそんなことありません」
 アメリカはつんとすまし顔を作った。

 場所はアイヴォリー百貨店のパーラーである。
 コーディアとライル、アメリカとナイジェルの二組は休息日の今日、パーラーにお茶をしにやってきていた。
 アメリカにとっては人生初の百貨店。いつもよりも質素なドレスに身を包んだアメリカとコーディアの目の前にはチーズケーキとチョコレートケーキが並んでいる。

「この冬の新作みたいで、ケイヴォンっ子に人気だって雑誌に書いてあったの」
「コーディア、あまり流行りに流されるのはどうかと思うわ」
 あなたは未来の侯爵夫人なのですからとアメリカは二十歳くらい年上の付添人のような口調でコーディアを諭す。
「でも、美味しいよ? アメリカの口には……合わなかった?」

 ナイジェルに乗せられてここまでやってきてしまったが(今日の主犯は断じてコーディアではない!)やっぱりアメリカにはショックが大きかっただろうか。
 チーズケーキもチョコレートケーキもおいしいと思うのだけれど。
 チョコレートケーキと添えられた生クリームとチョコレートソースとが絶妙なハーモニーでいくらでも食べられそうなくらいにおいしい。

 ライルは会話には加わらずにコーヒーを飲んでいる。
 ちなみに本当はアイスクリーム添えの方を頼みたかったのだが、ライルに断固却下をされ泣く泣くあきらめたのだ。寒い時分に体を冷やす食べ物を食べるとはどういうことか、と苦言を呈された。
 それとこれとは別だと思うコーディアだが、せっかくのお出かけなので黙ることにした。今度エイリッシュときたときのお楽しみにすることにする。
 エイリッシュのちゃっかりさ加減を学びつつあるコーディアだ。

「まずいとは言っていません」
 どうやら素直に認めるのが悔しいらしい。
「あとで下の店でケーキ買って行こうか。今度帰省するときおばあさまの土産にするのもいいなあ」
 ナイジェルの言葉にアメリカしぶしぶ頷いた。

「私たちも買って帰ろうか」
「はい」
 コーディアはにこりと笑った。
「今日はありがとう、アメリカ」

「別にお礼を言われることではないわ。言い出したのはわたくしの夫なのですから。なにが晩餐会を催す前に親睦も兼ねて百貨店デートしよう、ですか」
「きみがいつも真面目そうだから、たまにはガス抜きをね」
「ガス抜きなど必要ありません。わたくしは好きでこのように生きているのです」
「あはは」
 ナイジェルはアメリカの物言いに目じりを下げっぱなしだ。

 コーディアはライルの方を見た。
「どうした?」
「今日、楽しいですね」
 コーディアがにこりと笑うとライルもほのかに微笑んだ。
 それが嬉しくってコーディアは笑みを深めた。

 コーディアとライルは来年の初夏に結婚をする。薔薇の咲き誇る一番よい季節なのだとエイリッシュが言っていた。
 この季節に大抵のカップルが結婚式をあげるのだと。
 冬の休暇にはデインズデール家の領地に帰郷をする。そのまえにコーディアの母方の祖父母の家にも訪れることになっている。
 結婚に向けての準備は始まったばかりだ。

 楽しみな反面怖くもある。
 きっとコーディアを侮る人はまだ出てくるだろう。コーディアも覚えることがたくさんあるに違いない。
 けれど、新しい友人や大好きな婚約者がいればなんとかなると思った。
 この地がコーディアの新しい故郷になる。きっとこれからインデルクのことがもっと好きになる。
 好きなものをたくさん作って、新しく好きになったインデルクのいいところをノートに書いていこう。

 いつかムナガル時代の友人たちに再会した暁にはコーディアがインデルクの素敵な場所を案内したい。
 コーディアとライルはテーブルの下でそっと手をからませた。
 目の前でももう一組のカップルがどうみても惚気としているとしか見えない言い合いを続けている。

 冬は長くて寒いけれど、こんな風に大好きな人たちと過ごしていればあっという間に春がやってくると、そんなことを思わせるひと時だった。

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