パパにせんぶあげる。
一話
放課後、教室で帰りの支度をしていると、廊下側の窓から冬樹(ふゆき)くんがこっちに手を振っていた。

花音(かのん)ちゃん、一緒に帰ろう!」
「うんっ、ちょっと待って」

わたしは教科書をスクールバッグに詰め込み、急いで教室を出た。少し離れた廊下の脇で、数人の女の子たちがこっちをにらんでいる。
冬樹くんは学校の2つ上の先輩で、家が近所同士の幼馴染でもある。学校で生徒会長をしている冬樹くんは、女の子たちの憧れの的であり、ファンも多い。だから学校の中で彼と一緒にいると、どうしても反感を買ってしまう。

「ねえ冬樹くん、帰りにお花屋さんに寄ってもいい? 」
「うんいいよ。そっか…今日はお母さんの…」

わたしはうなずいた。帰り道の途中に建っているお花屋さんに入ると、店員さんがにこやかに迎えてくれた。色とりどりのお花の中でも、一際大きく綺麗に咲いた白百合が目に入る。
ママはお花が大好きだったから、毎年命日にはこうしてたくさんのお花を買って帰ることにしている。

「お待たせしました。とっても大きいけど、持てるかしら? 」

店員さんは何かを勘違いして、白百合を豪華な花束にまとめてわたしに持たせてくれた。

「花音ちゃん大変でしょ、カバン持つよ」
「あっ、ありがとう。冬樹くん」

街を通り過ぎる人たちは、大きな花束を抱えて歩くわたしをチラチラと振り返った。

「ごめんね冬樹くん、恥ずかしくない? 」
「いや? 全然。気にしないで」

冬樹くんと並んで横断歩道の信号を待っていると、近くに立っていたおばあさんが、ニコニコとわたしに話しかけてきた。

「綺麗な花束ねえ。もしかして、隣の優しそうな彼氏さんからのプレゼントかしら?」
「ううん、これは…ママにあげるんです」
「まあ、そうだったの。えらいのねえ」

わたしは曖昧にほほえみ返した。

ママは7年前、わたしとパパを残して、天国に旅立った。仕事で海外へ向かう途中で起きた、不幸な飛行機事故だった。

「ただいま」
「おかえりなさい、花音ちゃん。あら、今日は冬樹くんも一緒なのね」

家に帰ると、"今のママ"がにっこりとわたしたちを出迎えた。「ああ、パパが帰っているんだな」とわたしはすぐに察する。
ママは、わたしが両腕に抱えるユリの花束に視線を落とした。

「そのお花…」
「あ、今日はママの命日だから…」
「あなたも毎年飽きずによくやるわねえ」

その冷たい声に、びくん、と思わず肩が跳ねる。今日のママはあまり機嫌が良くないみたい。

「冬樹くんも遠慮せず上がっていってね。今お紅茶淹れるわ」
「いえ、お構いなく…僕はこれで。花音ちゃんまた明日ね」
「うん、ありがとう冬樹くん。明日ね」

冬樹くんを見送ると、わたしは花束を抱えて二階に向かった。廊下の一番奥には、亡くなったママの部屋が昔のまま残されている。
そっとドアを開けると、白い家具で統一された部屋に、出窓から太陽の光がやわらかく差し込んでいた。ガラスデスクの上の写真立てには、幼いわたしと、当時のパパとママの古い家族写真が飾られている。

「よいしょっ、と…」

花束をほどき、花瓶にユリの花を生けると、真っ白なママの部屋は濃密な甘い香りに包まれた。
ママのことはあまり覚えていない。けれど、お花の甘い匂いに包まれていると昔に戻ったような懐かしい気持ちになる。
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