生贄の花嫁      〜Lost girl〜
第1章 戦い編

★第1話 出会いと別れは突然に

チュンチュン

いつものように鳥の鳴き声が聞こえる。

だけど今日はいつもとは違う朝。爺やも部屋にモーニングティーを持ってこず朝早くから屋敷の中が騒がしい。

そう今日は————————




耳が壊れてしまうのではないかというくらいのオーケストラの演奏、天井には大きく輝くシャンデリア、そして終わりの見えない挨拶。お父様の後に続き会釈をして回る。

そんな私の今の気持ちは……



暑い。忙しい。つまらない。

夢の舞踏会?華やかな舞踏会?想像していたものと全然違う。夢なんてどこにあるのかしら。大人の社交場だと思っていたから楽しみにしていたのに…


「花月、もう少し笑いなさい。」
「私、あちらのテラスで少し休んでいます。」

「あ、待ちなさい。勝手に動いたら危ない……。」
「私、もう子供じゃありません。すぐ戻りますので少し放っておいていただけますか?」

「仕方のない…少しだけだぞ。」


どうにかお父様から離れることができ自分の時間を作ることができた。こういう場所が嫌いなわけではない…これでも。ただ、ずっと同じことを繰り返しているのが嫌なだけ。これじゃあ日常生活と変わらない……何も。


そんなことを考えながらテラスに出た。テラスからは星がよく見え私の気持ちを晴らしてくれる。


「レディ、レモネードはいかがですか?」
「ありがとうございます。」

グラスに口をつける。さわやかな酸味が口の中に染み渡る。程よい甘さだ。

「これはこれは…女性がこのようなところで1人でいるだなんて危ないですよ……貴女、初めてお会いする方ですね。」

声の聞こえた方を見ると、背の高い眼鏡をかけた男性がこちらに向かって歩いてきていた。

「私に何か御用ですか?」
「威勢のいい眼だ。お名前は…?」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ではありませんか?」

「これは失礼いたしました…私は藤林悠夜(ふじばやし はるや)と申します。」
「白梨…花月です。」


私は睨みながら名前を言った。この人からはなぜか危険な香りがしたからだ。簡単に信じてはいけないような何かを感じる。

「踊らないのですか?」
「華やかな社交の場だと伺ってましたけど挨拶周りばかりなのでつまらないんです。」

「ほう…随分と我が儘…いえ、変わった淑女ですね。」
「私のことをバカにしているのですか?」
「とんでもない…ただ自由な方だと感じただけです。」

「自由……ですか。私には無縁のものです。親から何もかも決められ、与えられる毎日。外の様子は見るだけでなにも体験することができない。いっそこのままどこかへ行けたらいいのに……。」





「では、ご案内いたしましょうか?」
「え……?」

「貴女の望みをかなえて差し上げます。」


彼の不敵な笑みと怪しげな瞳から目をそらすことができない。私を誘うような目をしていて頭の中に入り込まれるような感覚。


「私に貴女を託していただけるのであればお手を…。」


目の前に差し出される綺麗な手。この手をとれば私は自由を手にいれることができるのだろうか……?外の世界に出られるのだろうか。

「そうね……貴女の話に乗るわ。私を自由にしてちょうだい。」
「かしこまりました、レディ。」



「お嬢様……!」
「雪乃……!なぜここに…?」

「旦那様にパーティーに参加するお許しを頂きました。お嬢様が私にと言ってくださったドレスを着られるだなんて…夢のようです。」
「そう……お父様は…?」

「それが、先ほどから見当たらないのです。最後にお会いしたとき、どこか顔色が優れないようでしたので休まれているだけだと思いますが…。」
「そう……。」


「お嬢様はなぜこちらに…?」
「ちょっと疲れて…休んでいたのよ。そしたらこちらの男性に声を掛けられて…。」

「男性…ですか…?そのような方はいらっしゃらないようですが……。」


慌てて後ろを振り返ると先ほどまでそこにいたはずの藤林さんはいなくなっていた。この一瞬で一体どうやって……。

いつの間にいなくなったの……?

「それと、これは御夫人方の立ち話を小耳に挟んだものなのであまり気に留めないほうがよろしいかと思うのですが……近頃、舞踏会を行うと女性が謎の行方不明に遭うそうです。それもお嬢様くらいの年頃の女性だそうです。」

「行方不明…?」
「はい…単なる噂話のようですが、もしもお嬢様に何かあったらと思いここに来た次第です。」

「心配してくれてありがとう…。少し冷えてきたから中に戻ろう。きっと、もうすぐダンスも始まる。」

「はい。私はダンスはできませんがお嬢様を見守らせていただきますね。」
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