寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~
「大丈夫ですか」

十一月初旬。
外はすっかり肌寒くなった。

高層ビルが乱立する都心の真ん中から、一区画外れた優雅な街並みの中。

誰もが知る、大手電子機器メーカーの本社オフィスがそびえ立っている。

小雨が降っているこの日。時刻はまだ七時半前の早朝。

灰色のマフラーをすっぽりかぶった女性社員が速足でそのオフィスへと入っていく。

全身モノクロ、眼鏡とマスクで素顔を厳重に隠した彼女の名前は、細川雪乃(ほそかわゆきの)・二十六歳。

彼女はビニール傘を仕舞うと、まだ人のまばらな総務部のデスクに着いた。
こざっぱりとした白い壁と木目の床の総務部のオフィスは、これから時間が経つにつれ、部長や課長以外は女の園となる。

雪乃は小声で「おはようございます」と挨拶をしてから着席した。


マフラーを外しても、ガードの固い彼女の素顔は見えてこない。
顔だけでなく、オーバーサイズの黒いカーディガンのせいで体型もあやふやだ。

太っているのか痩せているのかすら傍目にはよく分からず、下手すれば地味を通り越して不審者の成りをしている。

彼女の素顔を知る者は少ない。
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