お見合い夫婦のかりそめ婚姻遊戯~敏腕弁護士は愛しい妻を離さない~
忘れられない人

 仕事から帰って真っ先にすることは、飼い猫のこはるにごはんをあげることだ。


「こはる~。お願いだから、出てきて~」

 さっきから呼んでいるのに、こはるは拓海の部屋に籠って出てこようとしない。

一緒に暮らしはじめて二か月近く。悲しいことに、彼女はいまだに私には見向きもしない。


「こはる、ごはんここに置いておくね」

 こはるを拓海の部屋から連れ出すことを諦めた私は、えさの入った皿を拓海の部屋の中に置き、そっと扉を閉めた。きっと私の姿が見えなければ、こはるも口をつけてくれるだろう。


 こはるのことがすんだら、今度は拓海と私の夕食の用意だ。エプロンを身につけ、シンクでお米を洗っていると、ピンポンとチャイムが鳴った。

 拓海が帰って来るにはまだ早いし、誰だろう? 今日届く宅配便はなかったはず。

「はーい」

 返事をしながらインターフォンを覗くと、若い女性がマンションの入り口に立っていた。


『私、二条(にじょう)と申します。拓海さんはご在宅でいらっしゃいますか?』

 小鳥がさえずるような可愛らしい声に上品な物言い。画面越しでも、佇まいから品の良さが伝わってくる。

 ……それに、なんだろう。なんだか見覚えがあるような気がするんだけれど、思い出せない。

 でも、このセレブな感じは拓海の親類かもしれない。そう気づいて、慌てて返事を返した。


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