嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
プロローグ

 「大事にする」

 耳たぶが湿る距離で囁かれた。

 まさかそんな言葉をもらえるなんて夢にも思っていなくて、うれしさから胸が震えて泣きそうになった。

 なにか言わなくちゃ。彼の思いやりに応えるなにかを。

 そうは思っても極度の緊張から頭がうまく働かず言葉が出てこない。そうこうしているうちに、恐ろしく整った顔が近づいてきて視界を覆った。

 唇にやわらかくて熱いものが触れる。

 初めてのキス。相手は初恋の人。

 一生分の運を使い果たしたかもしれない。

 一度離れた唇は、先ほどより熱情を増して重なり合う。

 恋愛初心者相手に容赦なく、吸いつかれて舌を絡め取られ、噛みつかれた。

 おかしな感想かもしれないけれど食べられている、と思った。

 息をするのがやっと。二十一年間生きていて、聞いたこともない情欲的な水音が鼓膜を刺激して頭がくらくらする。

 身体が沈み込んでしまう感覚に陥って、思わず目の前にある腕にすがった。

 伝わってくる高い体温は、まぎれもなく大好きな人のものだった。



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