嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
なにも知らないのは私だけ
 
 無我夢中で走った。

 呼吸が乱れて胸が苦しい。頭のなかでは仁くんの声が何度も再生される。

『正直、花帆と結婚していいのかと悩んでいる部分はある』

 重苦しく、胸の内に溜まった感情を吐き出すような声音だった。

 少しずつ私を好きになってくれていると信じていたし、どこかで期待していた。

 でも最初に言われたじゃない。

 鬱陶しい見合い話から逃げられるし、跡継ぎも望めて、幼馴染の私なら信頼関係も出来上がっているから結婚すると。

 それなのに勝手に浮かれて、ショックを受けて逃げ出すなんて。

 仁くんも今頃困っているに違いない。

 ああっもうっ。どうしよう。

 どんな顔をして戻ればいいのか……。

 どちらにしても気持ちを整理しない限りみんなのもとには帰れない。仁くんの顔を見たらきっと泣いてしまう。

 私は仁くんのお嫁さんになる気でいたのに、仁くんはずっと悩んでいたんだ。

 自分だけ盛り上がって、浮かれて、用意された婚約者という立場にあぐらをかいていた。

 後悔してもしきれない。

 もっと好かれる努力をするべきだった。

 わざわざ早朝に社長と弥生さんと話し合うくらいだもの。きっと婚約解消するつもりなんだ。
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