小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
コーヒーの香りに包まれて
「詩乃ちゃん。コーヒー淹れようか」

「うん!ありがとう〜」


あの一件から一夜明け、私の夫はというと…


(…いつも通り…)


何気ない顔をして過ごす休日の朝。
郁人くんお手製のホットサンドを頬張りつつ、整った横顔を眺めていた。


「………郁人くんって二重人格…?」


思っていたことがポロッと口をついて出てしまい、驚いた表情を見せた郁人くんと目が合う。

だって、そう思っても不思議じゃない。

どう考えても昨日の郁人くんは別人だった。優しくない意地悪な笑み…も素敵だったけど、本性が知りたいなんて思ってしまう。


「……騙された、なんて思うの?」

「………どっちの郁人くんも愛してます…」

「……………予想外の反応…」


溺愛している。いつも触れたくて、触れて欲しくて、小説を綴っていた。

その小説の存在がバレたのに、今更取り繕うのも変じゃない?


「郁人くん……私、今日も…」

「気が向いたらね」


『イチャイチャしたい』と言いかけた私の心境を察したかのような返答。この察しの良さと、華麗にかわす姿は、いつもの柔和な感じからかけ離れていると思った。


「………どっちの郁人くんが本当の郁人くんなのかわからない」

「僕も同じことを詩乃ちゃんに対して思ってるよ」

「?」


休日の朝、漂うコーヒーの香りに包まれて、私と郁人くんは顔を見合わせていた。
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