黙って俺を好きになれ
3-2
「はいこれ、糸ちゃんの好きな松前漬けと(なます)でしょ、あとこっちはね」

日持ちするからとタッパーにお手製のおかずを詰め、手提げ袋いっぱいに持たせてくれたお母さん。

「・・・なにかあったら、いつでも帰ってきていいんだ。苦しいのを我慢して会社を続けちゃ駄目だからな」

自分は病気をずいぶん我慢したお父さんは車で駅まで送ってくれ、最後にぽつんと。

「お父さんも体に気を付けてね」

別れ際の娘の決まり文句にやんわり口許を緩めると、ロータリーを回ってシルバーの車は見えなくなっていった。



休みが三元日までのところは明日が仕事始めだ。電車も、ゆったり座れるのは今日までかなと思いつつ膝の上の荷物に目をやる。里帰りができる私はそれだけでも恵まれてるのかもしれない。

羽坂家はごく普通の家庭で、両親も普通の学歴、一人娘の将来に過度な期待をすることもなかった。贅沢な暮らし向きではなかったけど不自由なく育ててもらい、長い休みには帰ろうと当たり前に思える家。

勉強でも進路でも、自分で決めて自分で責任を持ちなさいってタイプで。子供の頃から外で遊ぶより本を読むのが好きな娘に、無理に他のことをさせようと押し付けることもなく、でも一人きりの世界に籠もらないよう手助けしてくれた結果、今の私がいる。

ただ良かったのか悪かったのか。責任感を養われたせいか、自分からなかなか他人を頼れない習性が身についていて。相手から差し伸べられる手は素直に取れても、私から手を伸ばして助けを求めるのは下手だと思う。

でも仕事も、・・・たぶん恋愛においても。独りよがりはきっと何かの(ひず)みを生む。梨花にも教えられた気がする。誰かに助けてもらうのは弱さだけとは違う・・・って。

手提げ袋の取っ手を握り直し、背筋を伸ばす。乗り換えの駅まで、あと三つ。


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