きみがため
梅雨寒
およそ一年前から、俺の世界は混沌としている。

まるで深海のように、すべてに靄がかかっていて、暗くて、何を見ても、何をしていてもすべてがどんよりとしている。

その濁った空気の中を、俺はただ、息を殺して生きるだけ。

だけど。

『よく分からないんだけど、その詩を読んでたら、悲しくて、そして幸せな気持ちになれるの』

ようやく今日彼女の笑顔が見れたとき、一瞬だけ、世界が淡い光をまとったかのように光り輝いて見えた。

『K大付属病院前』

いつものバス停で降りて、バイト先に向かう。

更衣室でグレーストライプのシャツに着替え、黒のロングエプロンを腰に着けた。

ロッカーの鏡に映る俺は、バイト仲間が言うように、言われなければ高校生には見えない。

どこの大学?と客からもよく聞かれる。

まあ、老けてて当然といえば当然なんだけど。

だけど、その方が好都合だった。

青臭さがあったら、高一でバイトの面接に受からなかったかもしれないから。

高校生だけど落ち着いてたから採用したって、店長も言ってたし。
 
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