完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
逃がさない ー 陽真

 ……可愛すぎて我慢できなかったな。

 ハンドルを握りながら陽真は苦笑する。

 助手席の桜衣は明らかに不自然にこちらに目を向けようとせず、体ごと助手席側に寄せて窓から外を眺めている。明らかにこちらを意識した行動だ。

 そんなわかりやすい様子も可愛いだけなのだか。

 彼女の気を許したような素直な笑顔を向けられた途端、昔を思い出し衝動が抑えられなくなってしまった。
 抵抗されなかったら、車内で暴走してしまう所だった。

――中学の時(あのころ)はよくあんな風に笑ってくれてたな。


 中学1年の時、剣道部だった陽真が体育館に向かう途中、校庭でハードルの練習をする女子生徒を見かけた。
 前傾姿勢でハードルをしなやかに飛んでいく姿を「綺麗だな」と思った。
 
 それが『本間桜衣』だった。

 彼女は手足がスラリとしていて、大人びた顔立ちをしていた。
 物事に対してどこか達観した様子で、他の女子生徒のように騒がしいことも無く落ち着いて見えた。
 だからと言って孤立していたわけでもなく、卒なく周囲と上手くやっていて、男女共に人気があった。彼女にお近づきになりたいと思う男子生徒はかなりいた。
 ただ、彼女が恋愛に興味が無いらしいという話は有名だった。

 中学2年の時に同じクラスになり、自然と言葉を交わすようになった。
 やはり冷静に物事を見ているタイプで新鮮に感じた。
 
 女子は自分と話をするときどこか浮ついていたり、探るようにされることが多かったのだが、桜衣は一切フラットで心地よかった。
 彼女と話をするのは楽しくて、部活帰りに帰宅が一緒になるのは嬉しかった。

 いつだったか、自分の進路の事を愚痴ってしまった事があった。
 陽真の家は、父方が医者の家系で父は循環器科、母は産婦人科医だ。
 一人いる兄も医者の道を目指していた。
 両親も直接自分に医者になれと言う訳ではなかったが、父方の親戚からは『当然陽真君も医者の道を進むんだよね』といった事を繰り返し言われていたし、親もそれを望んでいるのるのでは無いかと感じていた。

 自分自身は医者の道を進むべきか悩んでいた。
 人の命を助ける仕事はもちろん素晴らしいし、誰にでも出来る事ではない。両親の事も尊敬している。
 
 しかし、自分のやりたいことは「それ」なのだろうか。
 
 冗談めかしに言ったつもりだったが、彼女から返って来たのは辛辣なものだった。

「そんな、周りのプレッシャーでしかたなく医者になるのが義務みたいに思う人に、人の命を預かる仕事は向かないんじゃないの」

 何も言い返せなかった。そんな風に言われた事は初めてだった。

「人の為になりたいならお医者さんになる事が全てじゃないでしょ。他のやり方だってある。
それを結城のやりたいことを通じてすればいいじゃないの?」

(やりたい事……)

 桜衣の言葉を聞いて陽真は鬱積していた得体の知れない重圧がフッと軽くなった気がした。
 自分は幼い頃から周りの反応を気にして、相手の望む事を先回りしてしまう性分だった。
 医者になるのもそうした方が周りが満足するのではとどこか思っていた。
 
 そんな中途半端な気持ちを彼女は一刀両断したのだ。

 恐らくこの時、彼女の事が特別な存在になった――簡単に言うと好きになってしまったんだと思う。

 陽真は桜衣と一緒に居る時間を増やすため、事ある毎に作業があると言って生徒会室に呼び出した。
 わざと生徒会活動も部活も無い日を狙った。
 彼女はブツブツ言いながらも付き合ってくれた。元々困っている人を放っておけない性格のようだった。

 桜衣がヨーロッパの古い建物に興味があると聞けば、自宅の本を持参した。
 自分も古い建造物が好きで、ヨーロッパに旅行に行く機会があれば古い寺院や美術館に赴いて
その堅牢な作りに息を飲み、美しさに感動していた。

 中でもイタリアの建造物は自分で高価な写真集を買うほど感銘を受けた。
 ローマの大聖堂やウフィツィ美術館、ベネチアやフィレンツェの街並みなどが美しい写真でつづられているその本を見せると、桜衣はその美麗さについウットリとため息を付いた。

「キレイね……」

 その伏し目がちな横顔をどんな気持ちで見ていたか、彼女は知らないだろう。

「……各都市で全然建物の雰囲気や様式が違うんだ。ここまで違うってすごいよな。歴史背景が違うからそうなのかもしれないけど、建物が街そのものを創り出しているっていうのが感動する」

 気が付いたら建築様式の話まで夢中でしまっていたのだが、桜衣は嫌な顔もせず熱心に聞いてくれた。

「結城は建築系の仕事向いてるかもね。ほら、それこそ病院でも建てたら人の役に立つんじゃない?」

――桜衣から何気なく出たこの言葉が陽真の「やりたい事」が見つかるきっかけとなった。

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