名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第4話『スッポンの唐揚げ』

 程なくして、宝来(ほうらい)もやって来たので、美兎(みう)は彼用にと持ってきた菓子を差し出した。


「礼の礼をもらうのは性分じゃねぇが、嬢ちゃんの気持ちだ。ありがたく頂戴するぜぃ?」
「私の昔馴染みのお店のなんですが」
「いやいや。こいつは嬢ちゃんの夢がまたえらく詰まった逸品だなぁ? けど、ひとついただくぜぃ?」


 小さなバクの手で器用に包装紙を剥がした彼は、箱を開けていっぱい詰まったジャムクッキーをひとつ手に取った。


「おや。中身はジャムクッキーだったんですか?」
「あ、火坑(かきょう)さんにはフィナンシェの詰め合わせです。勝手ながら、甘過ぎるものは苦手かなと」
「お気遣いありがとうございます。実は、フィナンシェは大好物でして」
「それならよかったです!」


 あとで食べると言ってくれた火坑とは対照的に、宝来は手にしたジャムクッキーを貪るように食べていた。


「うっめ、美味いぞ、このクッキー! 旦那の料理にも負けず劣らずの吉夢(きちむ)! 蕩けるようなジャムの食感もたまんねぇぜ!」
「気に入ってくださって、よかったです」
「嬢ちゃんからの礼とは言え、もらい過ぎだな。…………よし!」


 宝来は席から降りると、ズボンのポケットを探り出した。


「……なにを?」
「嬢ちゃんに吉夢をやろう! この菓子全部じゃ礼と言われても大き過ぎる!」
「え、吉夢っていい夢なんじゃ!?」


 驚いていると、宝来は美兎の前に青色のビー玉のようなものを取り出してくれた。


「ほう、大聖夢とまではいきませんが。かなりいい夢ですね?」
「おう。俺っちのとっておきだぜ!」
「け、けど、私はこの間の御礼にお菓子を買ってきただけで」
「いえいえ、湖沼さん。あなたの持つ心の欠片や吉夢は夢喰いや僕なんかにはとてつもないご馳走なんです。ただ、渡し過ぎも不可もいけない。なので、宝来さんは自分の持つ夢の一つをあなたに差し出したんです」
「渡し、すぎもいけない?」
「人間達でもあるだろ? もらい過ぎなのをなんらかの形で返してくれる。俺っちもそれをしただけさ」


 だから、受け取ってくれ、とビー玉を差し出してくれたので、美兎は恐る恐るそれを手にした。

 ビー玉なのに、温かくて、でも不快に思わない。

 ぎゅっと手で掴むと、あったはずの感触が消えてしまった。


「これで、嬢ちゃんはいい夢……現実にでも転機が見出せる。だが、俺っちのせいじゃねぇ。自分で掴み取った結果になる。成果は、おいおいだけどよ?」
「私が……ですか?」
「宝来さん以外の夢喰いと出逢う機会もあるかもしれませんが。湖沼さんの霊力に、もっと惹かれる妖も出てくるでしょう。さて、この間と似た食材になりますが。スッポンの唐揚げでも作りましょうか?」
「お! つまみにゃ最適だ!」
「唐揚げですか!」


 雑炊(おじや)もだが、実に家庭的な料理の一つ。

 カウンター越しに調理の様子も見れるので、美兎はわくわくしながら待っていると。


「おお、いきのいいスッポンじゃねぇか!」
「こ、これがスッポン……!」


 出されたのは、生きた食材だった。

 亀にも似た、亀ではない生き物。

 今日、先に出されたのはアナゴの蒸し物や天ぷらだったが、どれもこれも逸品揃い。捌くところも先に見たが、まさかこのスッポンまでも目の前で捌いてしまうとは。


「湖沼さん、結構えぐい光景になりますので目をつむっててもいいですよ?」
「そうします!」


 それから、どんだんとか、だだんなどの音が聞こえてきて、鍋にぽちゃぽちゃと入れる音がしてから火坑に目を開けてもいいと言われた。


「さあ、腕の見せどころです」


 ただの肉に解体されたかと思いきや。皮付き、しかも爪が残ったままの状態で調理するのかと、美兎には想像しにくかった。しかし、この元地獄の補佐官だったらしい猫人は、いきいきとした表情で調理していく。

 出来上がった頃には、美兎の目の前には鶏肉に似た美味しそうな唐揚げが出来上がっていたのだった。


「臭み抜きは生姜とニンニクのみ。味は鶏肉と似てます。皮もコラーゲンの一種なのでどうぞ」
「いただくぜぃ!」
「い、いただきます……!」


 唐揚げだが、見た目は竜田揚げによく似ていた。けれど、揚げ物の種類がいまいちよくわかっていない美兎には食べる選択肢以外ない。

 爪付きじゃないのを口に運ぶと、生姜と醤油のパンチが効いた、鶏肉のような弾力を兼ね備えた美味しい唐揚げに出会えた。


「美味しいです! ちょっともちもちしてるんですけど、臭み抜きのお陰で本当に鶏肉みたいで。スッポンのお肉って、こんなにも食べやすいですね!」
「喜んでいただけて何よりです」
「この新鮮さと味に香り。いいもんが柳葉で手に入ったんだな?」
「ええ。いい雌が。卵もどうです?」
「卵?」
「新鮮なのを生姜醤油で和えただけだが。珍味だぜぃ?」


 それから美兎に出された珍味は、どれもが初めてなのに美兎の舌を驚かせる逸品ばかりだった。



 さらに、一週間後。


「嘘……!」


 研修期間の終了後、配属された美兎の部署は。

 希望通りの広告デザインのところであった。あの吉夢のお陰かはわからないが、美兎にとっては夢のようで。

 またさらに御礼になってしまうかもしれないが、楽庵に行く前に高島屋でお高いお菓子を買っていこうと決めたのだった。
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