ハナヒノユメ
あやまち
「先輩。こんにちは。
調子いかがですか...?」

「...。」

ん?

じっとこちらを見つめてる。

その顔が、瞳がまるで...。

パッと明かりが灯ったみたいに...。

「さくら。」

「先輩...?」

「おはよう。やっと会えた。」

「...先輩、私のこと分かるんですか?」

「うん、分かるよ。さっきから、急にここにいるってことが分かるようになって。」

「ほんとですか?良かった...!」

先輩の顔は今までとは全然違って晴々していた。

目にはますます生気が宿っている。

「ありがとう。さくらのおかげだよ。」

「いえ、私は何も...。」

「さくら、もう少し近くにきて。」

「はい。」

近くに寄ると、先輩が、なんだか慈しむような表情で私を見つめてくる。

ずっと、そうして、瞳がキラキラして、

やがて、にこっと笑った。

...かわいい。

「いつもこんなに綺麗なお花を持ってきてくれていたんだね。」

抱えている花束を見て、嬉しそうで...。

まるで、事故にあった人だとは思えないくらい...。

幸せそうに...。

その瞬間、

何とも言えない愛しさが込み上げてきた。

切なさが胸を締め付けた。

気づいたら私は、彼を抱きしめていた。

いや、しがみついていたという方が正しいかもしれない。

「つらかったよね。」

何故か彼の方からそう言われていて...。

必死に首を振るけど、止まらなくて。

「、」

唇を奪ってしまった。

禁断の...果実の...。

甘い...蜜のあじ。

思わずきゅっと目を瞑って、胸の高鳴りに耐える。

あ、上半身が密着して...きこえちゃう。

だめ、

興奮しちゃ、だめ。

もうやめなきゃだめ...。

受け入れてくれてるからってこんな...。

彼女が、いるのに...。

「ん...ん...。」

失望させちゃう...。

どうせそんなことのためにって...。

だめ、

だめ...。

だ、め...。

「はっ...ぁ...。」

だめぇ!

やめて、やめて!

ね、え...!

私は彼を傷つけたくなんかないのに...。

...。

あ...あ...。

気持ちいい。

わたし...の唇や舌で...。

彼を、
犯すの...。

「あゆむ...さ...。」

欲求不満を全部彼に。

こんなの、許されることじゃない。

最低。

さいてい、サイテー...。

「ん...あぁ...。」

声が漏れる。

自分じゃないみたいな声が。

こんな衝動、に負けて。

私はこれからどうやって彼に...。

廊下から足音がきこえて、やっと離した。

一瞬、彼の顔を見た気がした。

涙の跡が...。

いや、それは私の涙が伝わって...?

...分からない。

自分の気持ちが分からなかった。

ただ、その目は、キスをする前と変わらなかった。

そんな気がするだけ。

病室に医者が入ってくるとき、目を逸らした視界の端で、口元を拭っているのが見えた。

本当は逃げ出したかったのに。

こんな私は、石井先輩よりも、彼のお姉さんよりもたちが悪い。

「保坂さん、調子はいかがですか?」

「だいぶ良いです。」

「意識が完全に戻ったようで、良かったですね。念のためまた明日詳しい検査をして様子をみましょうか。」

「はい。」

「ご面会中失礼しました。また後で簡易検査に来ますね。」

「ありがとうございます。」

先ほどのことを知らないこの人は、明るい顔でこちらに会釈をした。

そして、歩いていく。

行ってしまったら、

彼は私のことを...。
< 51 / 100 >

この作品をシェア

pagetop