九羊の一毛


雨足は強くなるばかりだった。
傘を差さずに走ってきたという狼谷くんに、私は玄関で肩を竦める。


「ごめんね、折りたたみ傘だから小さいけど……」


バスで通っていると歩く距離がそこまでないから、普通の傘は邪魔であまり使わない。
でもまさかこんなことになろうとは。邪魔でも億劫でも、折りたたみじゃないものを持ってくるべきだった。

申し訳ないなと思いながら、傘を開いて彼の方を窺う。
しかし狼谷くんは首を振って、「いいよ」と微笑んだ。


「……むしろ、狭い方が嬉しい」

「え?」

「ほら、濡れちゃうからもっとこっちおいで」


彼の言葉を咀嚼できないまま、突然肩を引き寄せられる。
一気に詰まった距離。心臓が急速に動き始めて、彼の手が置かれた左肩だけが異様に熱かった。


「俺が持つよ。貸して」

「えっ、あ、ありがとう……」


流れるように手の中から傘を奪われる。
歩き始めても退かない狼谷くんの手と、ぴったりくっついた腕が落ち着かない。


「狼谷くん、あの……手……」

「ん?」

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