お仕えしてもいいですか?

(あの時は大変だったなあ……)

 当時のことを思い出しながら木綿子は髪を解き、ブラウスとスカートを脱ぐと、バスルームに足を踏み入れた。

 バスルームには木綿子の好きなラベンダーの香りが充満していた。猫脚のバスタブには深さ半分ほどまで湯が張ってあり、水面にはキャンドルが浮いている。

 木綿子に忠実な執事である犬飼は、木綿子の好きな入浴剤から、タオルの生地に至るまですべてを把握している。情報収集には余念がない。

「はあ……。幸せ……」

 シャワーで軽く汗を洗い流し、バスタブに浸かると思わずため息がこぼれる。湯を手ですくい肩に掛けて、極上の気分を噛み締める。

 取引先から直帰した犬飼がいそいそとひとりで準備してくれたとのだと思うと、すべてが微笑ましく、感動もひとしおである。

「極楽、極楽……」

 バスタブの淵に腕を重ねて置きその上に頭を乗せ、一日の疲れを癒していく。

 今でこそ何もかも素直に受け入れることが出来るようになったが、最初はどうしたら良いか分からなくて戸惑うことばかりだった。

 履いている靴を脱がせてもらうことはおろか、自分のことをお嬢様と呼ぶことも最初は嫌だと拒絶した。

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