社内掲示板や通達メールを見た時に、愛梨が心配したのは弘翔に誤解されることだった。

 社員に向けられた通達には、通訳の派遣期間は明確に示されておらず『プロジェクトが軌道に乗るまで』と曖昧にしか書かれていなかった。もちろん事業計画や予算もあるので、社員に知らせていないだけで、上層部の中ではしっかり予定が決まっている事はわかる。

 ただ、1か月や2か月で新規のプロジェクトが軌道に乗る訳は無い。それならば恐らく最低で半年、長ければ年単位で雪哉と同じ建物内で仕事をすることになる。
 その間、ただの1度も雪哉と顔を合わせない保証が無いので、いつか何かの機会に知られてしまうぐらいなら早くに打ち明けた方がいいと思った。

 別に何かが起こるとは思っていない。弘翔に誠実でありたいと思うのは、ただの愛梨の自己満足だ。

 ぼそぼそと呟いた愛梨の言葉に、弘翔は眉間の皺をすぐに何処かへ引っ込めた。

「愛梨。ありがとう、教えてくれて」

 横並びに座っていた愛梨の肩に手が回されると、ぐい、と力を込めて抱き寄せられる。

「愛梨は可愛くて優しいな。俺の自慢の彼女だ」
「えぇ…? 可愛くはないけど。見た目だって男の子みたいだし…」
「そんなことないよ。俺、髪形も含めて気に入ってる」

 弘翔の腕が更に愛梨の身体を引っ張り上げたので、焦ってその動きに追従する。身体が痛くならないよう自ら腕の中に収まると、弘翔は満足したようにその身体を抱きしめた。

「隠し事しないで、ちゃんと話してくれて嬉しいよ」

 そのまま、肩の上に弘翔の顎が乗る。
 弘翔が怒らずに、愛梨の気持ちを酌んでくれたことに気付くと嬉しさが込み上げる。ほっと安堵した愛梨の耳元で、弘翔が『でも』と呟いた。

「個人的にアイツとは会わないで」
「……」
「愛梨の幼馴染みで、初恋の人。しかも結婚の約束までした人。……けど、愛梨を15年も放っておいた人だ」