「どうだい、河上君。馴染めそうかな?」

 雪哉が考え事をしていると、隣から小太りの中年に話しかけられた。彼は1週間後の10月1日から雪哉が派遣先として勤務する予定の、株式会社SUI-LENの専務取締役だ。

 今日、雪哉がこの会社を訪れたのは書類のやりとりと手続きの為であって、必要以上に長居するつもりはなかった。

 だがどういう訳か、専務にあちこちと連れ回されてしまった。実際に働き出すと多少の調整をする必要はあるが、雪哉がこの会社での専任通訳となるなら、重役たちに挨拶をした方がいいと言い出したのだ。

「はい。皆さんお人柄が良い方ばかりで安心いたしました」

 専務の問い掛けに、にこりと営業用の笑顔を貼り付ける。

(人柄だけじゃなくて、もう少し話せてくれたらよかったんだけどな…)

 という心の声は、あくまで心の中で。

 株式会社SUI-LENが海外事業へ乗り出すのは大変結構な事だが、雪哉たちのような派遣の通訳者は、あくまで一時的なコミュニケーションツールに過ぎず、この会社に骨を埋める訳ではない。

 自社内で語学を扱える人材を並行して育成していかなければ、プロジェクトはいずれ暗礁に乗り上げてしまう。何せ派遣通訳者は、有能であるが故に報酬もそれなりに高額だ。

(ま、今すぐには無理か。無理だから、依頼されたんだもんな)

 心の中で苦笑しながら、嬉々として案内役を買って出た専務の後について行く。