約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 エレベーターの扉が開くと、中には既に先客がいた。雪哉と同じ年頃の男性と、陰になって見えなくなってしまったが、恐らく女性。

 2人は扉が開いた瞬間は何かを話していたが、雪哉と専務が乗り込む時には不自然なほどに言葉を閉ざして、直立不動になった。

(会社のエレベーターで、何してるんだか)

 2人の関係性はわからない。だが友達か恋人のようにじゃれ合っていたことは直前の挙動と空気でわかる。もしかしてたらいちゃついてたのかもしれない。

 こういうTPOを弁えない人間はどこの国のどの地域にもいるんだな、とぼんやり考える。

「お疲れ様です」

 変な社員が多かったら面倒だな、と思っていたが、男女は声を揃えてちゃんと挨拶をしてきた。恐らく雪哉ではなく、一緒に乗り込んできた専務に向けた言葉だろう。だが上司に対する礼節は不調法という程ではなく、それほど非常識な社員でもないようだ。

「1階でよろしいでしょうか?」
「あぁ」

 それよりも今、雪哉と一緒にいる専務の方がよっぽど印象が悪い。

 社長や副社長にはぺこぺこと頭を下げ、雪哉や一緒にやってきた通訳者たちには対等の立場であるように接し、一社員には挨拶もろくに返さず横柄な態度をとる。人の肩書やステータスが価値観の全てで、自分が認めない者は目下の存在だと一方的に決めつける。雪哉が苦手なタイプの人間だ。

 この社員たちも気の毒に、と考えてふと視線を動かす。専務を挟んで斜め向こうの男性は、徐々に数値が下がっていくエレベーターの文字盤をじっと見つめている。そしてその後ろで静かになった女性は、男性の背中をじっと見つめて――

(え!?)

 瞬間、心臓が止まりそうなほど驚く。驚きすぎて咄嗟に声すら出なかった。
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