花鎖に甘咬み



自らの頬をつまんでぐにぐにしながら、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス……なんて考えていると、伊織さんは首を傾げた。



「マユのどこが好きなの?」

「え……」

「〈薔薇区〉において、頼りにするには申し分ないかもしれなくても、恋愛対象としては最悪だと思うけど」



目を伏せて、カウンターに頬杖をつきながら、伊織さんが言葉を紡ぐ。



「顔は綺麗だし、喧嘩も強い。けどそれ以外がデメリットしかないでしょ。いっときの憧れで眺めてるくらいならいいけど────ずっと一緒にいる相手にするには、マユは最悪の人選だよね。マユのことをある程度評価している俺でもそう言うくらいには」



「最悪、って、なんで、そんなことわかるんですか」



「わかるよ。だって、最初から “幸せになれない確定条件付き” の恋愛に何の意味がある? 最悪以外にないよね、どのルートを選んでも結局バッドエンドなんだから」



「それってどういう……」

「ま、それは〈薔薇区〉の人間全員に等しく言えることだけど」




はぐらかすように、伊織さんは口を噤んだ。
これ以上具体的なことを教えてくれる気はないみたいだ。

でも……でも。
たしかな想いが私の胸に、ひとつだけある。




「私、それでも、真弓のそばにいたいです。どこが好きとか、そんなの、考える暇もなかったけれど……それに、真弓とどうにかなれるとかそういうことも考えてなくて。真弓が私のことを好きでいてくれなくても、付き合うとかそういうのがなくても、ただ、一緒にいたいんです」


「……」



「真弓といると、私、私でいられるんです。生きてるって思えるんです。だから、私も……せめて、真弓が息をつける場所くらいにはなれたらなー……って、……ふあ」




ふいにあくびが零れる。


え……? どうしてだろう、変だな、まだ朝なのに。さっき起きてきたばっかりなのに。




「そう。ちぃちゃんがそのつもりなら、俺はなんにも言わないけどね。マユと一緒にいる、覚悟はできてるの?」

「……? はい、生半可な……覚悟じゃ、ないですから……」




おかしい。
意に反して、瞼がどんどん重くなっていく。


眠くないはずなのに、無理やり睡魔が意識を蝕んでくる感覚。

抗いながら、とぎれとぎれに聞こえる伊織さんに答える。


半分くらいはもう夢のなか。




「うん。ちゃんと、覚悟しときなよ。……マユと一緒にいるなら、そのうち地獄を見ることになるだろうから」




うしろ半分はもう、聞こえなかった。


なんとか意識を繋いでいた糸がぷつんと途切れて、すとんと眠りの淵におちていく。

それは、今まで経験したことのない不思議な感覚だった。




× × ×




瞼を固く閉じて眠りについた北川ちとせをじっと見つめて、宍戸伊織が呟く。




「────けど、ちぃちゃんなら、マユを地獄から連れ出してくれるかもしれへんなあ」






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