花鎖に甘咬み
「だから、飛び越えてきたのっ! ひょいって」
ひょい、はうそだけど。
ちょっと見栄を張ってしまった。
ほんとうはもうちょっと無様な逃亡劇。
窓から飛びだして、無我夢中に走り出てきたことを思い出して、あのときの度胸と大胆さに我ながら感心していると、くっ、と堪えるような笑い声。
もちろん出処は────。
「お前、やっぱ面白すぎ」
「ば、ばかにしてるよね……?」
「いーや?」
なんて、言いつつくつくつと肩をふるわせているのはどこのどいつだ。
真弓はそのまま、つう、と私の足の方へ視線をすべらせる。もちろんこの間も、私は抱き上げられたままで、足先は宙に浮いたまま。
「しかも裸足、ねえ。そーいや、アイツらに反撃してたっけか。頭突きと、ふっ、急所蹴り飛ばしてたよな」
「みっ、見てたのっ?」
見られてたのか、あれ。
さすがに、はしたなかったかも、と少し落ちこむけれど、そんな私とは反対に真弓はくつくつ笑う。
「見かけによらず」
「……?」
「野生児だな、お前」
「っ、やっぱりばかにしてる……っ」
「その反対」
「はいっ?」
「気に入った」
からかうように、もう一度くつりと喉をならす。そして、一瞬にして喜色をその顔から消した。
夜の色に戻った表情、すう、と細めた目でまっすぐ私の瞳を見つめる。そして低い声で、囁いた。
「ここは 〈北区〉。茨の柵に囲われた街。厳しく管理されているから、フツー自由な出入りはできねえんだよ。お前みたいな例外を除いてな」
「……っ」
「茨の柵に囲われているから〈イバラ区〉────転じて、俗称〈薔薇区〉」
そこでふいに思い出す。
真弓に連れられてあの場所、フードの男たちに追いつめられた場所を離れる直前。
地に伸びる彼らのひとり、捲りあがった衣服の裾からのぞいていた、肌に刻まれた黒薔薇の紋章。
「〈薔薇区〉────禁じられた、“ならず者” の街だ」