花鎖に甘咬み



呆れたように肩をすくめた真弓が、とん、と背中から私をおろす。体温が離れて、それが……少し、寂しい、とか。

変だな、私。




コツコツ、と足音を立てて少し歩いた真弓は、屈んで、なにかをつまみ上げた。


なけなしの光を集めて、キラリと輝くそれは。





「こんな高価なもん、ぶん投げていーのかよ」

「お金が価値の全てじゃないでしょ」

「ま、それもそうだな」




花織さんに投げつけたブローチ。
すずらんを象るそれを真弓はまじまじと見つめる。


そして、それを私の手のひらに握らせる。




「ちゃんと持っとけ」




ひやりとした金属の感触。





「……要らない、こんなの」





無価値なゴミ屑と同じ。

というより、足枷のようなもの。




「これがある限り、私は “北川の娘だった” ことになる……」

「それは事実だろ」

「でもっ」





そんなもの、ぜんぜん、欲してない。


だから、とっさに引きちぎって投げたの。
こんなもの捨ててしまった方が────。





「簡単に投げ捨てんな、一度捨てたもんは二度と戻ってこねえぞ。捨てどきっつうのは、ちゃんと考えろよ」

「そこまで言うなら、これ、真弓が持っててよ。あげる」




忌々しいブローチを真弓に押し付けようとするものの、かたくなに受け取ってくれなかった。




「断る」

「なんでっ」

「……すずらんの花言葉、知ってるか」




きょとんとする。

まぬけな顔で瞬きを繰りかえす私の額を、真弓は容赦なくぱちん、と弾いた。




「った、なにする……っ!」

「出逢ったばっかの男に簡単に渡すもんじゃねえ、いわく付きなんだか知らねえが、自分で持ってろ」

「えええ……」




言いくるめられて、渋々ワンピースのポケットにしまう。持っていても、仕方ないんだけどな。




「行くぞ」

「へ……っ、どこにっ?」

「着いてこい」




急すぎる。

とつぜんどこかへ歩きはじめた真弓の背中を慌てて追う。




「ちょっと! ちゃんと説明してよ……っ」

「騒ぐな、花織が起きる」

「ハッ」




慌てて口を噤む。

そうだった、花織さんが足元で気絶してるんだった……。




「あの、花織さんってこのまま……」



ここに放置していくの?

大きな怪我はなさそうだけれど、傷はついているし、なにより気絶してるし……大丈夫なのかな。


容赦なく襲いかかられたとはいえ、心配してしまう気持ちもあった。





「明日にはどうせピンピンしてるだろ」

「ほんと……?」

「こんなの日常茶飯事だからな」




後ろ髪をひかれつつ、花織さんから視線をはずす。




「それで、ええと、これからどこに?」




声をひそめつつ、尋ねれば。




「来ればわかる」

「そんなあ……」




返ってきたなんとも雑な回答に戸惑いつつ、真弓の横に肩を並べる。


暗がりに心細くなって、指先をそっと添わせれば、なにも言わずとも手を握ってくれた。相変わらず雑な力加減で。





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