【悠理side】
 俺の父親はろくでなしだった。
 酒を浴びるように飲み、ギャンブルで大金をすり、俺は母さんには暴力を振るった。
 『おい、酒が切れてるぞ!』
 『なんで買ってないんだ!』
 俺の記憶にある父親はいつもそんなことを言っていた。
 父に笑いかけられたことはない。
 それどころか、優しくしてもらったことも父親らしいことをしてもらったことすらない。
 強いて言うならば、珍しく競馬で買って機嫌がよかったときに自動販売機で缶ジュースを買ってもらったことくらいだろうか。
 それに比べ、母さんは俺のことを愛してくれていた。
 多分、父のぶんも俺を愛そうと決めていたんだろう。
 だから、俺は母さんが好きだった。
 いくら父がおかしくても、母さんさえいれば幸せだと思っていた。

 あの日は、確か俺が小4だったとき。
 今思えば、その日の母さんはなんだかおかしかった。
 はっきりと『ここがおかしい』とは言えないけど、なんだかいつもと違った。
 『ただいま~』
 『お帰り、母さん』
 小学校から帰ってきた俺を母さんはいつものように玄関で出迎える。
 数少ない、父がいない平和な時間だ。
 『今日、算数のテストで満点だったんだ!』
 『すごいねぇ。さすが悠理』
 お母さんがキッチンからお菓子を運んできた。
 お盆の上には、オレンジジュースが注がれたコップが乗っている。
 『あれ?お母さん、今日はジュースだけなの?』
 『ごめんね。悠理の好きなクッキー買い忘れちゃった』
 『ええ~、そんなぁ・・・』
 俺は、ぶつぶつ文句を言いながらランドセルを降ろした。
 『聞いて、お母さん』
 『どうしたの?』
 『今日さ、体育でかけっこしたんだ!それで、俺1位だったんだよ!」
 『えーすごい!悠理は私の自慢よ』
 母さんはそういって俺を抱きしめた。
 その力は、いつもより少しだけ強い。
 ジュースのコップを手に取る。
 飲もうと傾けたところで、母さんからの視線に気づいた。
 『・・・・・・?お母さん、なんで俺のこと見てるの?』
 『え!?い、いや別にそんなつもりじゃなかったんだけど・・・』
 『?変なお母さん』
 そしてそのまま、一気にコップを傾けた。
 ごくごくと、オレンジジュースを飲む音だけがリビングに響く。
 『あー美味しかった!』
 空になったコップを机の上にトン、と置いた。
 『お母さん、明日はクッキー買っといてね!』