月に魔法をかけられて
笑顔に包まれて
「美月、準備できた? そろそろ出かけるぞ」

副社長の声に、慌てて鏡の前でもう一度自分の姿をチェックする。


大丈夫かな……?

ベージュじゃなくてさっきのピンクのワンピースの方がよかったかな……?

あっちの方が女性らしくて清楚に見えるよね?

壮真さんのご両親に会うんだから、失礼のないようにしなきゃ……。

あー、やっぱりピンクのワンピースにしよう……。


「壮真さん、もう少しだけ待ってください……」

リビングに向かって声をかけながら、急いで今着ていたベージュのワンピースをを脱ぎ、淡いピンクのワンピースに着替える。

朝からこうして鏡の前で着替え直すのはもう何回目だろう。

いつもなら何も考えずにすぐ決まる服装も、今日は迷い過ぎて全く決められない。

迷うほどの服の数なんて持っていないというのに……。


そう、今日は副社長のご両親に挨拶に行く日だ。

先週の金曜日に副社長から「俺の実家に連れて行く」と言われた私は、この一週間緊張のしっぱなしで過ごしていた。

あまりにも緊張しすぎてごはんはほとんど食べれないどころか、仕事では経費精算の処理を何度も間違えてやり直したり、お家ではお味噌汁をお茶碗の中に入れて出してしまったり、洗濯した自分の下着を副社長の引き出しに入れてしまったりと、いつもなら絶対にしないようなことをしてしまっていた。

そんな私を見た副社長は、

「どうしたんだよ、美月。そんなに緊張しなくても、俺の両親は美月を取って食ったりなんかしないよ」

楽しそうに笑いながら言うけれど。

副社長の両親、それも会社の社長に挨拶をするというわけだから余計に緊張してしまう。


私はピンクのワンピースに着替え終え、もう一度髪の毛を整えると、急いで副社長が待っているリビングへ移動した。

「お待たせしました……」

ここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られながら、苦笑いを浮かべる。

「美月は何を着ても可愛いんだから服なんて気にすることないのに」

副社長は私をふわりと抱き締めて、おでこに「ちゅっ」と唇をつけた。

安心感とうれしさと緊張とが入り交じり、半分泣きそうになりながら副社長を見つめてしまう。

「美月、そんな顔で見つめられたら今すぐ押し倒したくなるだろ? 今日は親父もお袋も美月に会うの楽しみにしてるから、出かけるぞ」

私は小さく頷くと、用意していた手土産を持って玄関へと向かった。
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