切ないほど、愛おしい

使えない研修医

大学病院の産婦人科病棟。

ここには昼も夜も土曜も日曜も関係ない。
お産は時間を選んではくれないし、急変もいつ起きるかわからない。

「さあ、今日も1日頑張るぞ」
気合いを入れて、私は医局を出た。


「おはよう」
「おはようございます」

行き交うスタッフが挨拶を交わす。

白衣を着てここに立てば、私だってドクターの1人。
人の命に責任を持つ以上、体調が悪いなんて言い訳は出来ない。

「先生、顔色悪いですよ。ちゃんと食べてますか?」
病棟師長が心配そうに声をかけてくれた。

「食べてますよ。朝は手作りローストビーフを高級食パンに挟んだサンドイッチを食べました。デザートはマンゴーで、朝からお腹いっぱいです」

今朝リビングに出ると徹さんはすでにいなくて、冷蔵庫の中にあった物で勝手にいただいただけだけれど、久しぶりに贅沢な朝食を食べた。

「まあ豪華ですね。さすがぁ」

何がさすがなのかわからないけれど、師長は1人で納得の声を上げる。

そりゃ私だって朝からローストビーフのサンドイッチなんて贅沢だと思う。
今までの私なら絶対に出てこなかったメニューだけど、家事代行サービスを頼んでいる徹さん家には作り置き料理がたくさんあって食事に困る事は無い。
申し訳ないと思いながら、今朝もありがたくいただいた。

「それだけ食ったんだから今日はしっかり働いてくれよ」
後ろから先輩ドクターの含みのある一言。

当直も残業もしない研修医なんて先輩にとっては迷惑でしかないはず。
きっと、言いたいこともたくさんあるに違いない。
それでも、主治医からストップがかかっている以上誰も何も言えない。

「よろしくお願いします」
他に返す言葉が見つからず、私はカルテの入力を始めた。
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