遺書
犯人の独白
僕が先生に殺意を覚えたのは、最終回の原稿を渡された時だった。先生は原稿と共に一通の手紙を僕に差し出し、自分の病名を告白した。

「あんなに考えていたトリックが頭から少しずつ消えていって、今では一つも書けないんだ」

自嘲気味に笑う先生を僕は冗談だと思いたかった。でも、渡された手紙は高瀬透先生の遺書だった。
内容を読んだ僕はそれを自分のデスクに隠し、最終回の原稿だけ提出した。次回作を尋ねてくる編集長には、先生はスランプ気味なので、休ませてほしいと頼み込んだ。
遺書のことは病気で書いた事を忘れたらいい、そして世間には病気ではなくスランプに陥って引退したことにすればいいと考えていた。
しかし、先生は遺書のことだけは忘れなかった。
私と顔を合わすたびに遺書のことを聞いてくる。

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