溺愛音感
ハナ、お見合いする②


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かつてのわたしを知る人がいまのわたしを見れば、「落ちぶれた」と言うだろう。
収入は激減したし、注目を浴びることもなくなった。

でも、以前の暮らしに戻っただけだ。

ささやかな収入を得て、食べ、眠り、ヴァイオリンを弾くだけの。


「わたしたちには、まるで共通点がないから上手くいくはずがない。なので、このお話はなかったことにしてください。では、失礼します」

(ここまで言えば、納得するでしょ)


くるりと背を向け大股に一歩を踏み出し……つんのめった。

着物であることをすっかり忘れていたせいで、狭い歩幅に対して前のめりに身体が傾ぐ。
しかも、サンダルのような草履は、踏ん張るのにはまったくむいていない。


(わっ……わっ……!)


「ハナっ!」


飛び石の上に転がるのを覚悟した時、背後から伸びてきた腕に抱きとめられた。


(あ、危なかったぁ……着物って、簡単には洗濯できなさそうだし……)


ほう、と胸を撫で下ろした頭上で、笑い交じりの柔らかな声がした。


「着慣れないものを着るからだ」


振り仰いだ先にあったのは、温かいまなざしと苦笑する優しい顔。

不覚にも、胸がドキドキして、頬が熱くなる。

これ以上見つめるのは、危険――。

本能が訴える声に従い、俯こうとした耳に甘い囁きが落ちた。



『Ma bichette』


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