クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
「社長、ありがとうございました。本当に」

 そんな風にお礼を言うのが精一杯だった。

 また会社を再建してくださいよ、そしてまたみんなで働きましょうよと、言えない想いが涙になって、頬を伝って落ちていく。
「おいおい。泣くなよ、紫織」
「だって。本当に社長、よくしてくれたから……」

「こらこら、しょーがないなぁ」
「わ、私は、泣き上戸なんですよぉ。ヒック」
 森田社長と室井課長に囲まれていると、温かい家族に見守られているようで、なんだか胸が熱くなって仕方がなかった。

 ――送別会だから泣いてもいいでしょう?
 誰に向かって言うわけではないが、そんな言い訳をしながら紫織は泣いた。

 ――せっかく私の為を思って用意してくださった転職先なのに。
 ごめんなさい森田社長。実は辞めるんです。
 そんなことを、言えるはずもない。

 帰りたい。あの頃に。
 森田社長がいて、経理のおばちゃんが元気に笑い飛ばして、みんな楽しく働いていたあの頃に。

 でも、みんないなくなってしまう。
 二次会、三次会と人が減っていくように、ひとりずついなくなってしまうのだ。

 そして、どうして。
 よりによってどうして、転職先が宗一郎の会社だったのか。どうして。

 神さまのいたずらにしてはあまりに酷い。
< 129 / 248 >

この作品をシェア

pagetop