夏は境界。ギャラリストが移転を決めた旅 。ベリーヒルズビレッジ編

かつては蓮の名池の園で

かつては
東京湾の入江であった池は、
琵琶湖に見立て、
竹生島になぞり
中島に弁天堂が造られた。

夏は眺めが美しく、
絵や小説にもなり
蓮の名所あったことで、
袂の茶屋では
蓮飯を 出していたという。

そんな
池の付近にある 霊園。

7月盆で、いつもより霊園には
人の姿が多い。

その人々の姿の中に、
レンと カスガの姿があった。

「カスガ、ここだ。
お前の名刺も 入れておくと
いい。一応、ハンカチ使え。
名刺受け 触らないようにな。」

レンは、大きな 墓石に 手を合わせ
自分は、持参した
白手袋を はめた手で
さっき、何枚か 先刷りした名刺を
墓石の横にある
名刺受けに 入れた。

「先輩っ!これなんすか?
名刺入れるとこが、お墓に
あるって、妖怪ポストっすね」

カスガは、レンに言われた通り
ハンカチに、名刺を挟んで、
器用に 妖怪ポストならぬ、
名刺受けに、
社から渡される
名刺を ポトンと入れた。

「まあな、最近は置くのも、
少ない。俺は西の生まれだが、
あっちでは置いているのは、
一部だな。
企業墓ぐらいだろう。いくぞ」

レンは、手帳を出して
次の企業墓への道を 確認している。

「墓参りって、営業になるんす
ねっ。名刺なんて、そのまま、
置いとかれそうなんすけど。」

てか、すげー広いんすねっ!
とか しかし暑いっすとか
文句を言うカスガに
目もくれず、レンは 隣の区画に
足早く移動をしていく。

「ここは、企業墓だけじゃない。
芸能人や、歴史人の墓もある。
大学のゼミで 研究している
教授や生徒が 名刺を
入れたりすると、故人の家から
礼状が届けられたりもするらし
い。企業墓も、キチンと管理
されている。意外にな。」

だから、出入りしている
企業の墓には、足を向ける事に
していると 、レンはいいながら
次の 墓石の前で
足を止めた。

「なんで、今どきデジタルで済む
のに、名刺なんかって思うっす
けど、確かに ここはデジタル
って訳に、いかないっすね。」

どこからか、線香の炊く匂いが
流れてくる。

法事なのか、
いや、僧侶の読経が聞こえる。

見れば、喪服の親族が
並ぶのが見えた。

全く知り合いでもない
骨入れの儀を、遠くに見ると、
レンの意識が
古い記憶を引き出してくる。

レンは、目の前の企業墓に
合掌をして。

「そうだな。この時制、手渡しの
名刺は風雪の灯火かもな。
それでも、俺は この紙で 今の
仕事をしているんだ、カスガ」


俺は、
あの 祖父の葬儀で、
手渡された 1枚の名刺と、
祖父の墓に 手向けられた 名刺を
頼りに、
自分の人生を賭けたんだ。

「まあ、営業にとっちゃあ、名刺
配ってなんぼっすよね。先輩
とこは 7月盆っすか?オレん
とこは、8月なんすけど、」

カスガも、レンに並んで
合掌をするやいなや、
向こうにみえる 僧侶を見て
話を続ける。

「俺のとこも、8月だ。あそこの
読経は、盆じゃなく、骨入れだ」

へぇー、先輩よくわかるっすね、
と カスガがした相づちは、

ー祖父の葬儀に 名刺をくれた
記憶の男の声に 遠くになるー

『おまえさん、惣兵衛さんとこに
来てた坊主だろ。爺さんが
懐かしくなったら、来たらいい。
ケーキ食って、昔話してやる。』

ー雨の中で、
行列になる 弔問客の1人の
顔を仰ぎみると、
たまに 母親と手伝に行く、
祖父の食堂で見た男だった。ー


「俺の母親が、墓世話にうるさく
てな、よく仕込まれたんだよ。」

再び、レンは
白手袋をはめた手で名刺を
入れる。
そんなレンを見て、慌てて、
カスガも ハンカチに名刺を
取った。

「じゃあ、先輩んとこにも、
『名刺受け』ってあるんすか?」

「ああ、母方の墓にな。祖父が
亡くなった時に、母親が
わざわざ用意したよ。西はな、
あまり 『名刺受け』は個人で、
置かないからな。ここらへんは
個人でも、よく見かけるよ。」


ーあれは、
祖父が亡くなって 程ない
月命日に、母親と
墓世話に 行った時だったー

「確かに、名刺受け置いてるっす
ね。でも、中に 名刺って入って
るんすかね。あ、あれとか!」

カスガは、
よっと 軽く勢いをつけて、
向かいの墓に 見に行く。


ー 『母さん、いくつか名刺ある』
そう、母親に声をかけて
名刺受けから、出した手袋の
手に、例の葬儀で貰った
名刺が また乗っていたんだー

「カスガ!墓は、むやみに
石の穴には 触るなよ!やめとけ」

レンの声に、カスガがビクッと
肩を揺らした。

「先輩、怖い事言わないで
くださいよっ。驚くっすよ!」

レンは カスガを
残念な眼差しで 射ると、

「カスガは、
墓参り、あまりしないのか。」

手袋を外して
カスガに問いかける。

「いやー。あんまりっすね。
自分ちの墓っても、嫁さんと盆
に、親に連れられて 子どもらと
行くぐらいっすよ。はは。」

そう、自分よりも若い
この後輩は、意外に学生結婚を
して、すでに子どもも
何人かいる。

「穴に寝ているモノを起こすのは
よくないと、母親の教えだよ。
人生を変えられるって戒めな」

レンの言葉に、
カスガは一瞬 顔を強張らせて
名刺受けに使った、ハンカチを
すぐにはたいた。

「だから、先輩 白手袋なんすね。
なら、早く言ってくださいよっ
オレ何かあったら、
嫁と子ども が泣きますって。」


ーあの名刺を頼りに、かの男を
訪ねた、高校の俺は 祖父が
可愛いがった 孫娘の窮地を、
助けて欲しいと 懇願した。ー

「迷信だろ。でも、それぐらい
人が眠る場所には、いろんな
力があるって事だ。むやみに、
荒らすなよ。これからもな。」

さっきまで聞こえていた
読経が もう止んでいるが、
焼香の匂いが、今度は漂う。


『あの時の坊主か。
惣兵衛さんに似とるなあ。、、
お前さん、長男だっけか?
うちんとこで 、金返せるか?
お前んとこの稼業捨ててだ。
働いて 恩を返すの、どうよ。』

あれから、男も亡くなり
グループ会社で 今も こうして
部下を連れて
歩いてるなんてな。

「わっかりましたっ。って、
先輩も、企業墓に名刺置くって
教育は会社で受けたんすか?」

レンが、腕の時計で時間を
確認する。
そろそろ次のアポだ。

「カスガ。こんなの、営業研修
なんかしないぞ。俺の経験
からだ。俺の独自の方法だよ。」

えー。そーなんすか?!
営業プロっぽいって思ったん
すけどーと、カスガが
口を尖らせる。

「じゃあ先輩は、いつから
こうしてるんすか?」

霊園の駐車場に、足を向けるて
レンは

「大学から、このグループの
企業墓に足を運んでたよ。
昔から、世話になってた
からな。お陰で、面接官に、
資料で、それを聞かれたよ。」

苦笑して、カスガに答えた。

「でも、あのセレブヒルズの
病院の後に こんなお墓って、
ギャップがキツいっすよ。」

「また、この後 回る院がある。
ここからも近いからな。それ
が終われば、今日は解散だ。」

霊園の周りには、大学病院が
多い。

「でも、さっきのセレブ病院の
ドクターに、夜誘れてたっす
よね。オレも行きますよっ。」

止めていた車に乗り込んで
カスガが意気揚々と、
レンに宣言するが、

「カスガ。お前は、帰れよ。
ドクターには、個人的に誘われた
んだからな。大学の研究室時代
からの 顔繋ぎだ。悪いな。」

レンは ツレなく却下して、
カスガに さっさと、車を出せと
ハンドルを握らせた。

江戸時代には
この池で蓮レンコンは
将軍献上品。

蓮は 仏の慈悲のシンボル
でもある。

よって 蓮飯は、
仏教における 盂蘭盆の供物。

茶屋は、団子やおこわを
蓮の葉で包んで
紅白に咲く 美しい蓮を見に来る
モノに出していた。


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