眠れない夜をかぞえて
心が開くとき
コンプライアンス講習時に追記事項を記載した契約書をタレントに渡していた。それがマネージャーを通して、戻ってきている。

「ファイルを持ってくるけど、台車がいるかな」

「結構あるよ」

契約書の束を恨めしそうに見る。

シャインプロダクションには、タレント名でそれぞれファイルを作っている。

契約書はもちろん履歴書などもここに入っている。誰でも触ることを許されていない機密文書だ。

「一ノ瀬さん、機密のファイルを出したいんですけど」

「わかった」

機密文書が入っている文書庫は一ノ瀬さんがカギを持っている。

台帳に使用者を記入して、入庫時間と退出時間を記入する徹底ぶりだ。

「契約書は文書庫に持って行ってファイリングしても構わないが?」

「そうしたいんですけど、暑くて」

「ああ、そうだったな」

換気はされているが、エアコンはその都度入れなければならず、少ない時間の作業なら入れる意味がないのだ。それならデスクに持って来てしまったほうがいい。

本当なら、しーちゃんにお願い出来る仕事だけど、機密文書は社員でも権限を持っている人物しか操作出来ない決まりだ。そこが面倒だといつも思う。

「瑞穂と処理してしまいますから、時間はかからないと思います」

「わかった」

仕事の話は普通に出来るようになった。

困るのは、廊下などでふいに出くわした時だ。一ノ瀬さんはいつもと変わらず接してくれているけど、私が意識してしまい、固くなってしまう。

「それが終わったら、ポスター貼りをお願いできるか? しーが休みだから悪いな?」

「……はい」

「しー」と言っただろうか。

自分の耳を疑う。私達は「しーちゃん」と呼び、一ノ瀬さんは名字の「門脇」と呼んでいたはずだ。いつから「しー」になったのだろう。

「鍵を貰って来たよ」

「OK。暑いからさっさと書庫を出られるように、提出した契約書のタレント名を書き出しておいたわ」

「助かる」

「行きますか」

台車を押して、地下にある書庫に向かう。総務を出て地下に降りると、すでに暑くてうんざりした。
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