ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
2. 5月

隆春





 ゴールデンウィーク明け。
 休みの間は特にどこにも行かなかった俺は、ちょっとダルさを感じながら出社した。
 まだ人がいない中、ブラインドを上げて窓を開けて換気をする。
 ウォーターサーバーの受け皿を洗いに給湯室へ行くと、本田さんが赤いカーネーションを一輪、花瓶に挿したところだった。
「あれ、おはよう」
「おはようございます」
「須藤君、早いね」
「新人の役目です」
「誰もそんなこと言ってないのに。律儀だなあ」
 本田さんはふふっと笑う。
 俺は、本田さんの隣で受け皿を洗い始めた。
「須藤君は、休み中なにしてたの?」
「家にいました」
「ずっと?」
「はい」
「帰省とか、お出かけはしなかったの?」
「実家遠いし、人混み苦手なので」
「そっか」
 俺が洗った受け皿を、本田さんが拭いてくれる。
「私、実家帰ったの。お土産あるから、後であげるね」
 機嫌良さそうににこにこしている。
「ありがとうございます」
 はい、と受け皿を俺に渡して、花瓶を持ってフロアに戻る。
 本田さんの足取りは軽い。
「実家、楽しかったんですか?」
 後ろから聞くと、本田さんは振り返って笑った。
「うん。リフレッシュしてきたんだ〜」
 笑顔が輝いて見えるくらいだ。
 そんなに楽しかったのか、と思うと、ちょっと複雑な気分になった。



 連休に入る前の日の午後。
 休憩スペースにある自動販売機に飲み物を買いに行った。
 ここには背の高い椅子とテーブルが置いてあって、ちょっとした休憩ができるようになっている。
 入る直前に話し声が聞こえた。
「千波ってばラブラブじゃん!」
 大きめの声に、思わず足が止まってしまった。
「えへへ〜いいでしょ〜」
 本田さんの声だ。
 もう1人は、多分経理の筒井さん。本田さんの同期で仲が良く、時々本田さんをランチに誘いに来る。
「もうすぐ会えるんだね、うらやましい」
「うん、楽しみ〜。あっほらこれ見て、カッコいいでしょ〜」
「ほんとカッコいい。ケンさん大人だね〜」
 そっと覗くと、1番奥のテーブルに2人はいた。
 頭を寄せて、本田さんのスマホを覗き込んでいる。

 ケンさん、て。
 ……どう考えても男の名前だよな。

「そうなの。でもね、遊ぶ時はまだまだはしゃいじゃって、子どもっぽくて可愛いよ」
 本田さんはデレデレだ。

 ……なんで?本田さんは小田島さんと付き合ってるんじゃないのか?

 新人歓迎会の帰りに見かけた、いい雰囲気の本田さんと小田島さん。
 会社ではそんな雰囲気は出さないけど、仲の良さはわかる。
 お互いに信頼し合っているのも伝わってきていた。
 だから、2人は付き合っていてもおかしくはないと思っていたのに、こんなところで他の男のノロケ話を聞くとは予想外だった。

「実家に帰らないと会えないんだもん、淋しいよ〜」
「仕方ないよ。その代わり、帰った時はずっと一緒なんでしょ?」
「そうなの。ずっと側にいてくれてね、癒されるんだよね〜」
「いいなあ、うらやましい〜」

 小田島さんと付き合っているのかと思ったら、他の男のノロケ話をしている。会社で。しかも盛大に。
 案外、プライベートは奔放な人なのかもしれない。

 これ以上聞いていると盗み聞きしているみたいだ、と思い、足音を立てて自販機の前に立った。
 気付いた本田さんが、声をかけてくる。
「あ、須藤君、お疲れ様」
「お疲れ様です」
 筒井さんとも目が合ったので、軽く頭を下げて自販機に向き直る。
 その間に、2人は話を終えて、席を立った。
「じゃあまたね、千波。楽しんできて」
「うん、ありがと。お土産買ってくる」
「楽しみにしてるわ」
 2人は廊下に出て行った。

 席に戻ると、本田さんは中村さんと書類を見ながら話していた。

 仕事は、真面目で誠実。
 それは間違いない。

 なら、別に、本田さんが誰と付き合おうが、盛大なノロケ話をしていようが、いいじゃないか。
 俺には関係ないことだ。

 そう思っても、なんとなくモヤモヤを抱えながら、連休前の仕事をなんとか終わらせたのだった。



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