転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました
杖は魔法使いにとって相棒にも等しい。よほどの魔力持ちならば様々に使いわける者もいるが、一本で一生を終える者がほとんどだ。特に最初の一本は必ず生涯通しての相棒となるので、厳選が必要だ。

今、サマラの手の中にあるのは世界最高峰の魔法使いが手ずから作った一本だ。そこに籠められた魔力がどれほど大きく、所有者を助けてくれるか想像に易い。きっと世界中の魔法使いが喉から手が出るほど欲しがる逸品だろう。

「……気に入らないか?」

杖を握ったまま呆然としているサマラに、ディーが少し不安げに顔を曇らせる。
サマラは慌てて首をブンブン振ると、ためらいがちに口を開いた。

「わ、私がもらってしまっていいのですか? だって私……まだ魔法を成功させたこともないのに」

杖はある程度魔力が育ってから持たせてもらえるのが普通なので、サマラのような子供がいっちょまえに杖を持つことは珍しい。ましてやディーの作った杖なのだ。『猫に小判』とか『豚に真珠』ということわざがサマラの頭を掠める。

しかしディーは杖を握るサマラの手を自分の手で包むと、淀みなく言った。

「大丈夫だ。お前は必ずよき魔法使いになる。俺の娘なのだから、間違いない。俺が杖を作ってやるのは、この世界でお前だけだ。だから誇りをもって、それを受けとれ」

サマラは、きっと今日という日を一生忘れないだろうと思った。
もしも、万が一、破滅エンドという運命から逃れられなくても、自分はきっとサマラに生まれたことを後悔しない。血が繋がっていない父親にこんなにも愛情を授けてもらえたことを、誇りに思って死んでいくだろう。

「……おとーさま。ありがとう。私、おとーさまの娘でよかった。……私のこと好きになってくれて、どうもありがとう」

海と草の匂いの混じった風が、サマラの髪を靡かせ空を駆け巡る。
いつの間にか空では幾千万の星が瞬き、翼竜の周りを風の精たちが共に飛翔していた。

杖を握りしめボロボロと涙を零すサマラを、ディーは大切に抱きしめる。

「誕生日おめでとう、サマラ。気が強いのに泣き虫で、甘えん坊な俺の娘。俺はこの先、お前が迎える誕生日をすべて祝福することを誓おう――今まで祝ってやれなかった分まで」

父娘を背に乗せた翼竜は、夏の夜空をいつまでも飛び続けた。
ふたりだけの世界を永遠に守るように。


――その翌日のことだった。
六歳になったサマラが初めて妖精の力を借り、魔法を成功させられたのは。


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