嘘吐きな王子様は苦くて甘い
「行くぞ」

旭君は私の手を掴むと、校舎の方へ引っ張る。さっきから一度も、前橋さん達の方は見てない。

「い、石原くん」

「早く」

「いやでもっ」

前橋さん達は気不味気にお互い顔を見合わせて、ヒソヒソと何かを言い合ってる。

私は旭君の手をスルリと抜けると、前橋さんの前に立った。

「私、前橋さんが心配するようなことはホントに何もしてないよ。だから大丈夫」

「…」

前橋は驚いたように目を見開いたまま、私を見つめる。

「でも、クラスメイトで友達だからこれからも話したり話しかけられたりすることはあると思う。前橋さんだって、そういうことあるよね?」

「まぁ、それは…ある、けど」

「それ以外の気持ちはホントに持ってないから。嘘吐かないよ」

「…分かった」

あんまり納得いってないような表情だけど、それは仕方ない。

今度こそ話が終わったと思ったのか、旭君がまた私の手をとった。

「ひまり、行こ」

「あ、うん。じゃあ行くね」

旭君に引っ張られるようにして、私達はその場を後にしたのだった。










放課後、部活があるからって断ったのに旭君は待っててくれるって譲らなくて。

「ごめんね、お待たせ」

「おー」

申し訳なさでいっぱいになりながら部活を終わらせて、すぐに旭君の元に駆け寄った。

「で?」

歩き出してすぐ、旭君はその一文字を私に投げかける。

「え?」

「昼のあれ、説明して」

「あ、うん」

旭君が私を助けてくれたところですぐに予鈴がなっちゃって、ちゃんと話ができなかったから旭君はずっと気になってるんだろう。

私もあの呼び出しにドキドキしてしまって、短い時間ですぐには上手く説明できそうになかったし。

今思い出しても、正直怖い。

「ひまり」

「…あ、ごめん!」

「大丈夫?」

旭君の気遣うような声色に、昂っていた気持ちが落ち着いていく。

「大丈夫、ありがとう」

一呼吸置いて、私は今日の出来事を旭君に説明した。

「…」

「旭君?嫌な気持ちになった?」

「そりゃなるだろ」

「ごめんね…」

他の男子のことで呼び出し受けるなんて、旭君からしてみればいい気はしないよね。

「あー違う。お前にじゃねぇ」

「え?」

「そいつらに腹立ってんの。ひまりにじゃない」

「…うん」

「前みたいな、あぁいうのは止めたから」

「あぁいうの?」

「何も聞かねーで怒んのは止める」

「旭君…」

「信じるし、聞く」

旭君はそっぽを向いて、恥ずかしそうにそう言った。あの旭君がこんな風に言ってくれるなんて、嬉しくて胸がドキドキと高鳴る。

「ありがとう、旭君」

私も素直に笑えば、旭君は誤魔化すみたいに小さな咳払いを一つした。
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