テレビ画面に録画の表示がされ、カウントが進んでいく。
 これで、ハードディスクに録画が行なわれているはずだ。
「ありがとうー 本当に助かったよ遥。私、機械とか全然ダメだから」
 友人の石川紗緒里が、買ったばかりのテレビを見つめながら感謝の言葉を述べる。
「私は一人っ子で、両親も最近の機械には疎いから、これぐらいなら余裕だよ。それより、私に頼まなくても哲君ならこれぐらい接続できたんじゃないの?」
 双子の弟である哲君が、機械に疎いという話は聞いたことがない。これぐらいならできるのではないかと問いかける。
「出来ると思うけど、哲は出かけてるし、哲に頼むと見返りを求められそうだから」
 なるほど、それは一理ある。この姉弟は仲が良いが上に遠慮がないので、気兼ねなくそういった要求をしてくるのかもしれない。
 それからの時間は、新しく買ったテレビでテレビゲームを楽しんだ。
 大きいテレビでやるゲームは迫力が違うと紗緒里は感動していたけれど、途中で私の部屋に同じ大きさのテレビがあったのを思い出したのか、一人で浮かれてる恥じらいから少しだけ気まずい雰囲気になる。
 確かに、私の部屋には同じ大きさのテレビがあるが、あまりゲームをやる方ではない私は、紗緒里がやっている格闘ゲームの迫力に驚いた部分があるので、紗緒里が感動する気持ちが分らなくもない。
 だからといって、私は格闘ゲームをやらないから迫力に感動したと伝えても、とって付けた言い訳のように感じるので、気まずい雰囲気は緩和されないだろう。
 さて、どうしたものか。
 そう悩んでいると、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「哲が帰ってきたのかな?」
 様子を見に行こうと紗緒里が立ち上がると、早足の音が大きめに聞こえ、いきなりドアが開かれる。
「喜べ、紗緒里!」
 哲君がビニール袋を持ち、得意満面の表情をしている。
「ドアを開ける時は、ノックぐらいしろ!」
 得意気な哲君の腹を殴ろうとしたが、哲君は華麗にかわし紗緒里がバランスを崩す。
「今日の俺は、一味違うぜ! なんせ、福引で二等を当てたんだからな!」
 哲君が持っているビニール袋には『秋の味覚セット』と書かれていた。
「正確に言うと、当てたのは哲ではなく孝宏だけどな」
 訂正を入れながら嶋村信明が後ろから現われ、それに続くように二等を当てた福田孝宏も顔を出す。
「俺の券で当てたんだから、俺が当てたのと同じだろう」
「いや、違うね。哲みたいに馬鹿正直にグルグル回すんではなく、孝宏にはテクニックがあった」
「マジか?」
 信じ込む哲君に、福田君は『そんな訳ないだろ』と優しく笑い突っ込んだ。
 私は、その柔らかい表情が大好きだった。
 足を崩して紗緒里とゲームをやっていたのに、福田君の存在を堪忍した途端にきちんと座っているのだから、私も単純である。
 秋の味覚セットには、サツマイモ、栗、枝豆、有名なお米などが入っており、目玉商品としてマツタケも入っていた。
 料理の出来ない男子三人ではせっかくの二等を持て余してしまうので、料理が得意な紗緒里を頼ってきたらしい。
「マツタケはやっぱり、マツタケご飯かな。せっかくだから、みんな一緒に食べていくでしょ?」
 紗緒里の誘いに、私を含め全員が賛同した。
 男性三人が部屋に入ってくると、入れ替わるように紗緒里がキッチンに移動した。
「私も手伝うよ」
 料理に自信がないけれど、紗緒里一人に押し付けるのは気の毒なので立ち上がろうとしたが、紗緒里は『さっきの恩返し、遥はゆっくりしてて』と私を制した。
「おっ、テレビが新しくなってる」
 哲君が軽く驚き、羨ましがりながらテレビの前に移動すると、紗緒里と同じように格闘ゲームを始めた。
 姉弟で趣味が似ているようだ。
 哲君と嶋村君が並んで座りゲームを始め、空いた場所に腰を下ろした福田君は自然と私のすぐ近くに腰を下ろした。
 どうしよう…今日は紗緒里に会いに来ただけだから、私の服装は普段着だ。
 お化粧だって、適当にしかしてない。
 福田君とこんなにゆっくりと、至近距離でいる時間が出来るのなら、もっと気合を入れてくるんだった…
 二人は楽しそうにゲームをし、福田君は二人と時々話をする以外は携帯をいじったりと、一人の時間、一人の空間を作っている。
 どうしよう、福田君はきっと退屈はしてないだろうけど、楽しんでもいないだろう。
 何か盛り上がる話題を振れればいいのだけれど、緊張して言葉が出てこない。
「楽しんでたところ割って入っちゃって、ごめんね」
「えっ?」
 話しかけられず苦しんでいたら、不意に福田君が謝罪の言葉を口にしたので、私は間の抜けた言葉を零してしまう。
「石川さんと遊んでたところに俺達が来たから、何か中断させちゃったんじゃない?」
「いや、テレビの接続を頼まれてきて、丁度接続が終わったところだったから、そろそろ帰ろうかなって感じだったんで」
「梶谷さんが接続したのかー たいしたもんだ」
 社交辞令というか、大人な返しをしただけなのだろうけど、福田君に笑顔で感心された私は顔が赤くなっているのではと心配になり、俯いて顔を隠してしまう。
 駄目だ…福田君がすぐ傍にいるのは嬉しいけど、緊張しすぎて身体が持たない。
「疲れたから、孝宏チェンジだ」
 そう言って嶋村君がコントローラーを差し出すと、福田君は嶋村君と座り位置を交代しながらコントローラーを受け取った。
 嶋村君が私の傍に座る。
「ゲームに白熱しすぎて、喉が乾いたな。何か飲み物を貰っても良い?」
「私に聞かれても、分らないよ。紗緒里か哲君に聞いて」
「それもそうだな。おい、哲。何か飲み物を貰って良いか?」
「冷蔵庫にあったら、何でも飲んで良いよ」
「サンキュー 梶谷も何か飲む?」
「じゃあ、貰おうかな」
「んじゃ、適当に持ってくるわ」
 慣れた感じで嶋村君が立ち上がり飲み物を取りに行く。
 何度か、遊びに来たことがあるのだろうか? だとしたら、それは哲君の友達として? それとも、紗緒里の友達として?
 しばらくすると、嶋村君は紗緒里と一緒に戻ってきた。
 嶋村君の手には人数分の飲み物、紗緒里の手には茹でた枝豆と焼き芋が持たれていた。
「マツタケご飯が出来るまでだいぶ時間がかかるから、これでも食べてて」
 飲み物と食べ物がテーブルに並ぶと、ゲームをやっていた二人も中断して紗緒里を含めた五人でテーブルを囲んだ。
 さっきより距離は遠くなったが、真向かいに福田君が座っている。意図的に視線を逸らさないと相手が視覚に入る位置にいるのは、すぐ横に座るよりも反応に困ってしまう。
 私の左隣には嶋村君が座り、左斜めに紗緒里。右斜めに哲君が座る。
 食い意地の張っている女だと思われたくないけれど、どうすれば良いか分からなくなった私は焼き芋を食べ、焼き芋を見つめ視線の先を誤魔化した。
 嶋村君と石川姉弟が場を盛り上げているので、私の口数が少なくても変に目立ったりしなかった。
 福田君のように物静かなタイプではない私だけれど、この三人が揃っている時は聞き役に廻ることが多いので、いつもより口数の少ない私に違和感を覚えていないのかもしれない。
「ちょっと、トイレに行ってくる」
 哲君が部屋を出て行く。
 と、同時に会話がいったん、途切れてしまう。
 そんなに長くはないが、突然訪れた静寂。
 たまには私も何か言わないと、そろそろ紗緒里に不審がられるのではないかと警戒し、話のネタを探した。
「嶋村君って、焼き芋嫌いだったっけ?」
 そういえば、嶋村君だけ焼き芋を一つも食べていなかった。
 細かく計測はしてないが、ダントツに焼き芋を食べている私だから、嶋村君が焼きイモを手に取っていないのを把握できている。
「うんや、焼き芋は好きだよ」
「その割には、今日は食べてないじゃない」
「今日は、焼き芋って気分じゃないんだよ」
 枝豆を口に入れながら、嶋村君が軽く笑って答える。
「私は、そんな気分になったことないよ」
 私は笑いながら、焼き芋を頬張った。
 福田君に対し緊張しているが、特に進展はない穏やかな時間。そんな穏やかな時間を生理現象が一転させる。
 猛烈に、おならがしたくなってきた。
 トイレに逃げ込もうにも、哲君がトイレを使用しているので塞がってしまっている。
 最初の内は我慢できる程度だったが、時間が進むに連れ治まらずに悪化していき、脂汗が滲んでいるのではないかと思うほど苦しくなってきた。
 お腹を壊しているのか、便秘気味なのか分らないけど、哲君は中々トイレから出てこなかった。
 どうしよう…
 我慢の限界だ…
 会話が飛び交っているが、相槌を打つのがやっとで内容がうまく頭に入ってこないほど、私は追い詰められていた。
 そんな私の我慢が、とうとう限界に達する。
 気を緩めな訳ではないが、おならをしてしまった。
 好きな人の前なのに…
 幸い音はしなかったが、紗緒里がすぐに反応を示す。
「なんか、臭くない?」
 胸に痛みを感じるほど、鼓動が高鳴ってしまう。
 もう、泣いてしまいたい。
 何も言わずに、ここから逃げ去りたい…
「あぁ、たぶん匂いの元凶は俺だわ」
 嶋村君が靴下を脱ぐ。
「なんか、今日の俺って足が異様に臭いんだよね。なんか、変な臭いもするし」
 脱いだ靴下を無邪気に振り回しながらおどける嶋村君に、紗緒里は『臭いを振りまくな!』と抗議する。
 嶋村君は、おそらく私がおならをしたと気付いたのだろう。
 靴下を振り回したのだって異臭を振りまいたのではなく、風を起こして異臭を拡散してくれたんだ。
「靴下をしまって、足を洗って来い!」
「へいへい、分かりましたよ」
 怒られた嶋村君は、自分の鞄に靴下をしまってからお風呂場に移動した。
「本当、最低。食べ物があるのにあんなことする?」
 紗緒里が同意を求めてくるけれど、私は返す言葉が見つからず曖昧な笑顔しか浮かべられない。
 その後、私は福田君に対し恋心、嶋村君に対し罪悪感が募り、いつもの私が出せないまま帰宅の時間になってしまった。
「いやー 美味かった。今日はごちそうさん」
 総括するように嶋村君が紗緒里に感謝の言葉を告げ、私と福田君も続いてごちそうさまでしたと感謝の言葉を述べた。
 紗緒里の家を出た私達三人は、しばらく一緒に歩いていたが、途中で別方向の福田君と別れ、嶋村君と二人きりになる。
 二人きりになった私は、罪悪感を払拭するために思い切って口を開いた。
「さっきは、ありがとうね」
「なんのこと?」
「気付いてるんでしょ?」
「やっぱり、梶谷だったのか」
 私がおならをしていたと確認できた嶋村君は、蔑んだりするのではなく無邪気に笑った。
「好きな奴の前で、馬鹿みたいに焼き芋を食べるからああなるんだよ」
「うん、反省してる」
 あれ? 嶋村君って私が福田君を好きだって事にも気付いてるの?
 誰にも話していない恋心だけど、もしかしたらバレバレなのだろうか?
「今度からは、好きな奴がいたら焼き芋は控えるんだな。俺だったらそうする」
「肝に銘じておくわ」
 あれ? 嶋村君って焼き芋は好きだけれど、今日は焼き芋って気分じゃないから食べないと言っていた。
 あの中に、好きな人がいたの?
 それは、私なのだろうか? それとも、紗緒里?
 その真相を聞けないまま、私は少し肌寒い秋の夜を、様々な疑問を抱えながら嶋村君と二人きりで歩いた。