冷酷御曹司と仮初の花嫁

私の事情と彼の事情

「すみません。やっぱり、お断りします」

「悪い話じゃないと思うが、色々な事情がありそうだし。お互いにいいと思うけど」

 真っすぐに自分の言いたいことだけを言う人だと思った。言っている内容はぶっ飛んでいるけど、断ろうと思いながらも少し心が揺れる。その言葉に頷けば、きっと今の私の状況は打破され、困ることもなく、半年後には新しい生活が待っている。

 この首を縦に振れば、私の抱える問題はすべて消え失せ、私は人生をやり直すことが出来る。

 私には大学の奨学金以外にも借金がある。それは麗奈さんも知らないことだった。誰にも言えないことで、私が背負っていかないといけないものだった。

 使い古されたドラマか小説のように、父が親友に裏切られたことから全てが始まった。高校の時の親友から連帯保証人を頼まれ、父は大事な親友だからだと連帯保証人になった。それから数年後、父の親友が消えたことから悲劇が始まった。

 父は信じていたけど、人が裏切るのは容易いのだと子ども心にも思った。

 親友だったと思っていた人の残された借金を返すため、父は家を売り、車を売り、最低限の家財を持って六畳二間の小さなアパートに引っ越した。それでも借金の額には足りず、父は昼の仕事と、夜の仕事を掛け持ち、母も同じように働いた。


 自己破産という言葉が頭に過ったと、言っていたけど、『借りたものは返さないといけない』という、生来の真面目さが仇をなすのはそんなに時間が掛からなかった。無理を重ねていくうちに心も身体も削られていく。そんな両親を見ながら私は育った。

 父は必死に働いたが、働き過ぎが祟って、仕事中に倒れ、そのまま帰らぬ人となり、母と私だけが残された。そして、借金は母と私が背負うことになった。
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