冷酷御曹司と仮初の花嫁

癒しをくれる人

 エレベーターを降りて、界隈に出ると、そこに広がるのはさっきまでの花鳥とは全く違う現実だった。既に何処かの店で飲んできたのか気持ちよく酔った男の人と、ふわふわとスカートを揺れる綺麗なドレスを着た女の子が笑いながら歩いている。どう見てもよくあるお客と店の女の子の取り合わせが妙に目に付く気がした。

 男の人は女の子の時間を買い、女の子は時間を売り、お金が稼ぐ。そこに微かに見える下品な男心を気付いているはずなのに、それも利用してお金を稼ぐ。今までは何も感じず、そういう人もいるということしか感じなかかった。

 でも、今は妙に心の奥がチリっと焦げるような気がする。目を背けたくなるような光景は、私が佐久間さんとしようとしていることも形は違うけど、根本的には同じことで、どちらかというと戸籍を売る私の方がもっと狡いのかもしれない。

 仮初とはいえ、結婚して……そして、私は人生を買う。

 ゆっくりと息を吐き、私はその二人の横を通り過ぎる。そして、自分の決めたことに後悔はしないと自分に言い聞かせながら顔を上げ、前を見つめる。自分の決めたことを後悔しない。後ろを振り返らない。

 カフェに戻ると、店のドアから入ってきた私に麗奈さんはニッコリと微笑んだ。麗奈さんの顔を見るとホッとする私がいて、顔が緩んでいくし、身体のどこかに入っていた力も抜けていく気がした。

「お帰り。陽菜ちゃん」
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