ズルくてもいいから抱きしめて。

慎二の場合(回想)

あの頃の俺は、早く一人前になりたくて、師匠の高木さんに付いて回っては、とにかく沢山の写真を撮っていた。

連絡できない日も多く、姫乃には寂しい思いをさせていたと思う。

それでも彼女は文句ひとつ言わず、俺の夢を応援してくれていた。

あの日も高木さんの撮影に同行していて、師匠の才能にたくさん触れる一日だった。

気持ちの昂りを写真にぶつけたくて、いつものようにこの公園に来ていた。

夕方の儚いオレンジの空、遊び足りなくて寂しそうに帰って行く子供たち。

撮りたいと思うものは沢山あった。

一通り撮影した頃、ふと姫乃の顔が過った。

そう言えば、最近あまり会えていなかったな、、、

時計を見ればまだ夕方の5時。

この時間なら少しだけ会えるかもしれない。

そう思った俺は、乗ってきたバイクに跨り、姫乃の家に向かった。

信号が青に変わりバイクを走らせた瞬間、小さな子供がボールを追いかけて飛び出してきた。

俺は必死にハンドルを切って子供を避けることができたが、自分を守ることはできずそのまま意識を失った。

目が覚めた時には、既に病院のベッドの上だった。

医者の説明によると、頭を強く打ったせいで気は失っていたが、奇跡的に骨折など大きな怪我は無かったらしい。

ただ、頭や体を強く打ち付けているので、これから精密検査をして詳しく調べて行くそうだ。


「笹山さん、これから検査室に移動するので、こちらの車椅子に移動しましょうか。」

担当の看護師が迎えに来たので、上半身を起こした。

「痛みとか大丈夫ですか?」

「はい、少し痛みますけど大丈夫です。」

体を打ち付けているので、多少痛みはあるがなんとか動けるようだ。

「では、脚をこちらに移動して、ゆっくり車椅子に座りましょうか。」

「はい、、、」

「どうされましたか?痛みますか?」

「いえ、、、それが、、、力が入らなくて、、、おかしいな、、、ハハッ」

俺は一瞬にして自分の状態に絶望したが、わざと気付いていない振りをして笑って誤魔化した。
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