婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
プロローグ 約束の日
『住む世界が違いすぎる……』

 数カ月に一度、彼と会うたびに痛感する言葉がそれだった。

 いま(べに)がいるのは外資系高級ホテルの最上階にある鉄板焼きレストラン。質のいいメレダイヤを散りばめたような都心の夜景を見下ろすこの店は、本来は定価12,900円のワンピースで訪れていいような店ではないはずだ。
 それだって、紅にしては結構奮発した買い物だった。若手公務員の給与は決して高くはないのだ。

「よく似合ってる、その黒いワンピース」

 彼ーー桂木宗介は、英国人の祖母譲りのヘーゼルの瞳を細めて紅を見つめた。

「そうかな? ありがとう」

 優しい彼のあまりうまくないお世辞に、紅はぎこちない笑みを返した。

「よかった、黒いワンピースならきっとどっちも似合うな。よかったらつけて見せてくれる?」

 そう言って彼は白いクロスのしかれたテーブルの上に小さな箱を置いた。箱はなぜか二つあった。
 箱のデザインだけではピンとこなかったが、書かれているブランドロゴはファッションに疎い紅でもさすがに知っていた。
 
【ヘイリー・ルチアーノ】

 芸能人の結婚会見なんかでおなじみの超高級宝飾ブランドだ。最低予算が300万などと言われており、一般庶民は店に入ることすらためらうようなハイジュエラーだ。

 そのヘイリーが、なぜかいま、紅の前に二つも差し出された。
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