転生令嬢はご隠居生活を送りたい! 王太子殿下との婚約はご遠慮させていただきたく
プロローグ
窓の外に漏れてくるのは、華やかなシャンデリアの光に、楽師達の奏でる音楽。談笑する人々の声も、夜風に乗って流れてくる。
ここ、アルタニア王国の王宮では、王太子エドアルトが十八の誕生日を迎えた祝いの宴が開かれているところであった。
――けれど。
そんな賑やかな会場から、夜陰に紛れるようにしてバルコニーへと逃げ出す人影がひとつ。

(……最低限の義務は果たしたし、もういいわよね)

 アイリーシャは、そっと肩にかかった髪を払った。今、夜空に浮かんでいる月の色にも似た銀糸の髪が、さらりと背中に流れ落ちる。
見事な艶を持つその髪を飾るのは、瞳の色に合わせたアメジスト。
大きな目を二度瞬かせ、アイリーシャはバルコニーから庭園に降りる階段へ向かって静かに歩き始めた。
 足音一つ、ドレスの立てる衣擦れの音ひとつ聞こえない。
 シュタッドミュラー公爵家の一人娘であるアイリーシャが、王宮の宴から逃げ出そうとしている理由はただ一つ。
目立ちたくないからである。

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