深海特急オクトパス3000

.         ─深淵の帳─

 

扉を開いてすぐに目に飛び込んだのは、
まるで展望室の(よう)な全面ガラス()りの通路。



左側面(ひだりそくめん)(もう)けられた通路は、
天井までガラス張りのバリアフリーで、薄暗く、
深海パノラマの水族館の様相(ようそう)(かも)し出していた。



その深海の宇宙を、
雪の結晶の(かたまり)の様な深海魚(ジンベイザメ)が、
優美(ゆうび)に横切っていった。



右側の壁にはいくつかのドアが横並びに、
通路の先まで続いていた。


その通路を、
人魚が抱えた真珠の様に大きく丸い照明が、
等間隔(とうかんかく)で並んで、青く柔らかな光で通路を
満たしていた。


そんな通路の先から無人の車イスが1つ、
慣性(かんせい)でこちらに向かって来ていた。



無人の車イスの上には、
ぬいぐるみのような黒い物体が乗っていた。


ちょこんと乗っかった幼く愛らしいそれは、
幼女の生首であった。


僕はそれを見た瞬間腰を抜かし、
その場に尻餅をついていた。


同じ目線の高さになった車イスの生首が、
そんな僕をじっと見つめて近づいていた。


僕が抱きかかえた少女と同じくらいの歳の、
子供の生首。


僕の足元にぶつかって急停車した車イスから、
生首がぽとりと転げ落ちて、
僕の膝の合間にすっぽり収まっていた。


虚無(きょむ)の中よりこちらを(うかが)う目が、
(ひざ)合間(あいま)からじっとこちらを見上げていた。



それは死の残像となって僕の脳裏(のうり)に、
深く焼き付いた。


その時になって、
僕が抱えていた少女の頭が無い事に気づいた。


そう僕はずっと、
頭の無い少女の胴体を抱いていたのだ。


僕をじっと見上げる生首が、
胴体をかえしてと言ってるようで、
僕は腕の中の幼女の胴体を投げ出し、
()いずって後ずさっていた。



その時、唐突(とうとつ)に車椅子の後ろから、
看護師なのか、白い服を(まと)った女性が出てきた。


ツルツルとしたカッパの様な材質の服。


死者の山積(さんせき)する電車内で、
ただ1人動く生きた人間。
(子供を除いて)。


黙ってこちらを見つめる目は、
獲物(えもの)をとらえた猛禽類(もうきんるい)のそれにも見えた。


状況(じょうきょう)がわからない中、
僕はただ黙って彼女の動向を見守るしか
なかった。


未来人を思わせる格好の彼女は、
こちらを(うかが)(よう)に見つめ静かに口を開いた。


『だめじゃないですか勝手に抜け出しちゃ』


彼女は生首を拾い上げそう言うと、
座り込んだ僕のほうに再び視線をうつした。


『あっ!胴体見つけてくれたんですね。
 探してたんです。
 ありがとうございます』


そういって彼女は胴体を持ち上げ、
車イスに座らせると、
生首をその膝の上に乗せていた。


そして無言で見つめる僕を見つめ
彼女は再びたずねた。


『あの、あなたも治療が必要ですか?』


僕は大きく首を横に振る。


『そうですか。
 私は治療に治療室に戻るので、
 治療が必要ならいつでもおいでください』


そう言って車椅子を押して去ろうとする彼女に、
僕は咄嗟(とっさ)にたずねた。


「その子供の、その、残骸、どうするの?」


残骸(ざんがい)
 お客様のことですか?
 もちろん治療するんですよ。
 勝手に抜け出して困ってたんです。
 見つけて(いただ)いてありがとうございます』



 そう言って微笑(ほほえ)む人型の何か。


 その目が・・・


 魂を鷲掴(わしづか)みにする悪意の無いその微笑みが
 かえって不気味で・・・



そんな固まった僕から、
ふいに彼女は目線を外すと、背を向け、
そのまま車イスを押して遠ざかって行った。

 
僕はその不気味な現象にのまれ、
(しば)し放心しその後ろ姿を(なが)めていた。
 
 
 
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