年下ピアニストの蜜愛エチュード
2 アイスクリームショップのショパンさん
 土曜日は仕事が休みだったが、千晶は順を連れて、ベリーヒルズビレッジに向かった。

 秋晴れの暖かい日で、風に乗って金木犀の香りが流れてくる。ハロウィンのデコレーションで彩られたショッピングモールでは、大勢の人がそぞろ歩いていた。

 手をつないで歩く順は楽しそうに辺りを見回していたが、千晶の気持ちは重く沈んでいた。

(私……何かやらかした?)

 気にかかっていたのは、木曜に健診を担当したアンジェロのことだ。

 健康診断の流れは順調だったし、文句こそ言われなかったものの、アンジェロはけっこうな不機嫌モードで立ち去ったのだ。
 
 あれから千晶は何度となく彼とのやり取りを思い返している。

 気難しいとは聞いていたが、はじめのうち彼の対応はごく普通だった。笑顔だって見せていたし、会話もまずまず弾んでいた。

 それなのに突然表情を強ばらせたかと思うと、その後はほとんど喋らなくなってしまった。もちろんどうしても必要な時は口を開いたけれど。

 いったい何が問題だったのか、いくら考えてもわからない。

 奇跡としか言いようのない出会いだったのに、敬愛するピアニストの機嫌を損ねてしまった。しかも自分の仕事からみだったから、よけいに痛い。

「ねえ、ちあちゃん」

 ふいに順に手を揺さぶられ、千晶はわれに返った。

「あ、ごめんごめん。ちょっとぼんやりしちゃってた。なあに、順?」

「あのね。新しいアイスクリーム屋さんって、あれじゃない?」

 順が指さす方を見ると、水色の屋根のかわいらしい店があり、順番を待つ長い列ができていた。

「ああ、きっとそうだね。じゃあ並ぼうか」

「うん、早く行こ!」

 順に笑いかけられ、千晶もつられて笑顔になる。二人はアイスクリームショップに向かって駆け出した。
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