魔法通りの魔法を使わない時計屋さん


 その夜、金の懐中時計は仕舞わずにカウンター上に置いたままにした。ピゲはぐっすり眠っているリリカの隣に潜り込んで2時28分まで寝付けなかったけれど、結局昨日のような音はしなかった。お蔭でピゲは今日も少しだけ寝不足だ。

 朝から何度目かの大きなあくびをして、ピゲは言った。

「今日も来るかな。あの人」
「さぁ」

 そう答えてからリリカはキズミを外し振り子時計を見上げた。

「まぁ、来るとしたら多分そろそろ……」

 そのときピゲの耳がピンと立ちドアの方を向いた。リリカが呆れ顔で続ける。

「ほら」
「やぁ、リリカちゃん、ピゲ」

 ドアを開け笑顔を覗かせたのはやっぱり彼だった。――が、店内に彼が足を踏み入れた途端リリカとピゲの表情が強張った。

「フーっ!」

 彼に向って、ピゲは全身の毛を逆立て威嚇の姿勢をとる。

「え、ピゲ? どうしたんだい」

 戸惑うように彼がリリカの方を見ると、リリカも険しい顔つきをしていた。

「それはこっちの台詞です。どうしたんですか、ソレ」
「ソレ?」

 リリカは彼を――彼の背後を指さした。

「良くないものが憑いてます」
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