勝手に決められた許婚なのに、なぜか溺愛されています。
「あの、お姉ちゃんの代理だったけど、


今日は夢みたいに、すごく楽しい一日でした。


本当にありがとうございました」




「高校生だって知らなかったとはいえ、


口説いたりしてごめんな。そりゃ、……戸惑うよな」




九条さんの言葉にゆっくりと首を横に振ると、



二人の間を残りの桜がちらちらと舞い降りる。




「いつか偶然どっかで会えたら、また飯でも食いにいこうな」



ちょっとだけ胸が痛いけど、笑ってうなづいた。



でも、そんな偶然、あるのかな。




もし偶然どこかで会えたとしても、


本当に九条さんは私のことを誘ってくれるのかな。



そのときには、素敵なひとと一緒にいるんじゃないかな。



それから、帰りのタクシーに乗ったけれど、


九条さんはあまり話さなくなってしまった。




「それじゃ、あの、失礼……します」




家に到着すると、精一杯の笑顔をつくって別れた。








「彩梅、九条さんは?」




玄関を開けるとお母さんが飛び出してきた。




「今、帰ったところ、なんだけど……」




「楽しかった?」




「うん、すごく。でも、お姉ちゃんじゃないことは、最初から分かってたみたい」




「あら! どうしてかしら?」




「えっと」




それは、お母さんが私の名前を呼んだから、……だよ。




「お父さん、あのあと仕事行ったんだけどね、



何度も電話かけてきてかなり心配してたわよ。



でも、素敵なひとだったわね、九条さん」




「カッコよすぎて、どうしたらいいかわからなかった」




九条さんと一緒に過ごしている間、ずっと足元がふわふわしていた。




九条さんのちょっとした仕草がすごく大人っぽくて



笑顔がきらきらとカッコ良くて、



九条さんにドキドキしすぎて心臓が痛かった。




「九条さんに高校生だってことは、お伝えしたの?」




「……うん、びっくりしてた」
 



「そう。おじいちゃんには私から伝えておくわ。



九条家にもお詫びしないとね。さすがに彩梅も疲れたでしょう。



明日は学校もあるし早めにお風呂に入って、今日はもう休みなさい」




お母さんに返事をすると、お風呂を終えて部屋にこもった。



いつの日かまた、九条さんに会えるといいな。




『いつか偶然どっかで会えたら』って九条さんは言ってたけど、



それはいつのことなんだろうな。



 
私が大人になれば、もう少し九条さんにふさわしくなれるのかな。



でも、その頃には、九条さん結婚しちゃってるかもしれない。



目を伏せると、九条さんの笑顔がまぶたに浮かぶ。



優しいひとだったな。



仕草も言葉遣いもすごく大人っぽくて、よく笑うひとだったな。



昨日は一日中、九条さんの笑顔に包まれていたような気がする。



その夜は、九条さんのことを考えながら眠りについた。



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