交錯白黒

新しい生命が生けられた花瓶に視線をやると、隣で何かが光った。

それを太陽光が縁取り、段々と形が分かってくる。

鍵。

母が忘れていったのか……。

もう一度ため息をつき、温まった鍵を握りしめ、滑らかすぎる病室のドアをそっと開く。

きっともう職場に帰っているだろうと思い、一つ上の階にあるカウンターに向かうため、階段に足をかけた。

独特の、心地良くも悪くもない消毒液の臭いが充満している。

道中では、老若男女、様々な人とすれ違っい、その中の、苦しそうに藻掻く、特に少年少女を見かける度、私と代わってあげたくなった。

……ごめんね。

心の中で呟き、逃れるように目を背けた。

カウンターには『如月総合病院』という文字が地味なフォントで、でかでかと掲げられており、時折電話の着信音が聞こえてくる。

マスク越しでも頬の肉が垂れているのが分かる中年女性に、如月櫻子の忘れ物だ、とだけ告げ、カウンターを離れると再び階段に足をおろした。

「うっ……」

……ああ、もう。

今更ながら、エレベーターを使えばよかったと後悔した。

脳を揺さぶられるような強烈な衝撃に足の力が抜け、その場に蹲る。

猛烈な吐き気に耐えながら、波が収まるのをひたすらに待つ。
 
額から浮き上がった脂汗が床にぽたり、と垂れ、心臓の音と呼吸の音が鼓膜を乗っ取った。

「あの、大丈夫ですか?」

突然、低い、男の人の声がする。

大人っぽい響きの中で、意地っ張り、というのだろうか。

拗ねたような幼さを感じる、そんな声だった。

「大、丈夫、です……」

え……!?

見上げて目が合ったと同時に、心臓がどくん、と一度、大きな脈を打った。

それを引き金に、あれほど激しく動いていた心臓が一瞬にして止まる。 

さあっと血の気が引くのを感じた。

艶のある黒髪、少し冷たい感じを醸し出す細い眉。

高く、小ぶりな鼻、薄く色味の抜けていく唇。

つり上がり、真っ黒で潤沢な瞳の光は、青にさえ見えた。

「きさら、ぎ……!?」
 
たち、ばな、くん……。
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