アストラルゾーン
ストレンジャー
       【ストレンジャー】


 世界が終わる日、そんな日が突然来たとして、
 貧乏人はただ金持ちが逃げ出すのを見上げ、
 取り残された世界で終末を謳歌(おうか)する。



真っ赤に焼けた砂漠横断道路。


そこを進む一台の車。


助手席には氷った金魚鉢を抱えた妹(7才)。


宇宙服を着込み無人の荒野を走行していた。


世界は昨日、突然終わりを(むか)え、
それでも僕は妹を背負い、
忍び寄る死から必死で逃げている。


地球から(わず)か7000万キロ上空。


そこに僕らの故郷はある。


 火星。


火星移住計画が始まって半世紀、
僕らはここで生まれた。


移住が始まった当初、火星には犯罪者が送られ、
その子孫として僕らは生まれた。


ここでは犯罪者の子供は犯罪者なんて言葉は、
当の昔に(すた)れている


誰もがその日を生き抜くのに必死で、
他人に干渉している暇はない。


『お兄ちゃんおしっこ』


助手席の妹がそうもらす。


【ピッピッピ】


車の燃料計も悲鳴をあげている。


「我慢しろ、もう少しだ!」


『うん』


砂霧に覆われ視界の聞かない路上を走行する事、
1時間。


燃料電池が底をつき初めていた。


大気の希薄な火星では化石燃料を燃やすのは効率が悪く、
電気自動車が主流だ。


【ピッピッピ】

その燃料計が燃料切れの警告のアラートを上げていた。


たどり着くのか?


不安そうに僕を見上げる妹の頭を、
バイザーごしに撫でて考える。


突如街を襲った超大型砂嵐により、
都市の生命線だった発酸素所が止まり、
都市の地下を流れる酸素管(エアーダクト)は止まった。


各家庭に供給されていた酸素はストップし、
都市のインフラは絶え、その日都市は死んだ。


そして取り残された兄妹二人は、
ラジオで流された緊急避難都市、
第7区を目指している所だ。


助手席でもじもじする宇宙服を着こんだ妹を見つめ、
必死で生き残りの方策を模索(もさく)する。


大気の薄い火星では、
外に出るときは簡易(かんい)宇宙服が必需品だ。


その酸素もつきかけている。


『お兄ちゃんあれ!』


妹が突然そう言って視界の効かない路上を指した。


そこにはガス欠で止まったらしい車が一台と、
その前で必死で手をふる宇宙服の人の影。


僕は無言でその前を通りすぎる。


妹は何も言わず座ったままだ。


もう何度目になるかわからないその光景に、
意味はない。


食料にも酸素にも限りがある。

1人助ければその分1人死ぬのだ。

弱いものから死ぬ。

それは自然の摂理だ。

火星ではそれがより顕著(けんちょ)にあらわれるだけだ。


(しば)し無言の中で、
ようやく僕達は田舎街にたどり着いた。


助かった電気スタンドがあるかも知れない。


燃料計がつきる間際で、
僕達は電気スタンドにたどり着いた。


『着いたぞ!
 トイレ行ってきな』

僕がそう言うと妹はフライングぎみに車から飛び出し、
スタンドに架設された店の中に駆けていった。


店内は電気はついているものの、
無人のように見える。


こんな状況だ。
真面目に仕事しているほうがイカれているが。

それでも勝手に燃料充電をし、
まんいち人がいた時トラブルになるのは避けたい。

僕は車を止め、シートの上に取り残された、
氷付けの金魚鉢を抱え店の中に人を探しに入った。

中は予想通り荒らされ、商品棚はがらがらだ。

無人に荒らされた無法地帯(ディストピア)

いまさらながらに、
こんな所に妹を1人で行かせたのを後悔した。


だが(さいわ)い中は無人で無法者が占拠している痕跡(こんせき)もない。


僕はカウンターのコーヒーメーカーに金魚鉢を起き温める。

丁度その時、妹がトイレから出て来た。


『お兄ちゃん終わったよ。
 眠い』

「先に車に乗って寝てな」

『うん、すぐ戻ってね』


不安そうにそう言った妹の頭のバイザーを()でる。


「すぐに戻る」


そういって背中を叩いた。


ドアまで見送り車に乗り込む妹を見届けてから、
再び店内を探索しようとした時、
カウンターに見知らぬ宇宙服の人物がたっていた。


僕は内心ひやりとしながら、
それでもどうにか声を(しぼ)り出す。


「すみません、店員の方ですか?
 給電したいのですが」


宇宙服の人影はしばし無言で立ち尽くし、
中に人が入ってないんじゃないかと思い出したとき、
その人物は唐突(とうとつ)(しゃべ)った。


『給電するから鍵を渡して』


低いくぐもった男の声。


僕は一瞬渡していいものかどうか迷うが、
ここで機嫌を(そこ)ね給電出来なくなるリスクを()け、
おとなしく鍵を渡した。


男はそのまま車に向かい無事充電は終わった。


そのままカウンターでお会計をしている所だ。


こんな時にお金が必要かは疑問だが。


一緒に水(ミネラルウォーター)ならぬ、
水道水を8リットル買い込み車に運ぶ。


男は一緒になって水を運んでくれた。


その時になってコーヒーメーカーにかけたままの
金魚鉢を思い出し取りに行く。


店に入った所で車のエンジンオンに振り向くと、
男が車に乗り込み発進する所だった。


しまった!? 油断した!


僕は慌てて追いかけるが、
そのまま車は走り去ってしまう。


『マヤー』


遠退く車の後部座席のバックフロントから、
妹のマヤが顔を(のぞ)かせていた。


      【ストレンジャー】
 
       ─2ページ目─
 
 
俺はそのまま砂塵(さじん)の中に消えていく車を、
(なが)める事しか出来なかった。
 
 
辺りには使えそうな車はない。
 
 
俺は再びスタンドの中に戻ると、
リュックに食べ物をつめてから後を追う事を考えるが、
棚には食料らしき物は無かった。
 
 
僕はリュックを放り投げ頭を抱える。
 
 
どうする? どうする? どうする?
 
 
答えは出ない。
 
 
カウンターにぶつかり転がったリュックを拾い上げ
立ち上がると、カウンターの奥でコーヒーメーカーにかけたままの金魚鉢の氷が溶けて、
氷付けになっていた中の金魚が泳いでいた。
 
 
酸欠ぎみに水面で喘ぐ金魚。

僕はそれを持ってカウンターの奥の、
スタッフルームに入っていった。
 
 
スタッフルームには机がありその上には、
手にした金魚鉢と同じような金魚鉢が
無数に置かれ、その中で金魚が泳いでいた。


僕はその隣に金魚鉢を起き、
椅子に腰かけどうするか頭を抱える。
 
 
すぐにでも追いかけたいが、
酸素パックの予備もなしに、
火星の大地をうろつくのは自殺行為でしかない。
 
 
テーブルに置かれたラジオをつけて見るが、
ザーザーという雑音が流れるだけだった。
 
 

その音に誘われたのかサバクネコがどこからか現れ、
金魚蜂の前で番人の様に寝転んだ。
 
 
火星で唯一(ゆいいつ)繁殖に成功した猫だ。
【火星猫とも言う】

 
火星が死ぬと言うのに、
我かんせずの気楽な猫を見つめていると、
車が店に近づく音と共に、
しぱらくして誰かが店の中に入ってくる物音がした。

 

 そうかそう言うことか。
 
 
 ここはスタンド。
 
 
 車は給電に来る。
 
 
前にいた男も同じような状況だったとしてら。
 

 
 前の男はどうした?
 
 
 そうだ従業員になりすました。
 
 
いや実際、従業員だったのかも知れないが、
それはどうでもいい。
 
 
 どうする?
 
 
 やるか?
 
 
 やるしかない。
 
 
 速なる鼓動。
 
 
 再び扉が開く音。
 
 
 覚悟を決めろ。
 
 
 ぐずぐずしていたら去ってしまうぞ。
 
 
僕は急いで給電方法が書かれたマニュアルを探し、
頭に覚え込む。
 
 
そして何気ない感じでカウンターから顔を出した。
 
 
スタンドの中には宇宙服を着た誰かが
たたずんでいた。
 
 
男か女かもわからないその人物は、
こちらを見つけて声をかけてきた。
 
 
「すみません従業員ですか?
 給電をお願いしたいのですが」
 
 
どこかで聞いたようなセリフを言う男の声。
 
 
焦るな、ここでしくじれば全て終わる。
 
 
俺は心を落ち着けるよう深呼吸する。
 
 
そして何と言うかセリフを確認してから、
静かに話しかけた。
 
 
『給電するから鍵をかして』
 
 
そのセリフが拙速すぎたのか止まる宇宙服の誰か。
 
 
焦りが広がる。
 
 
男は少ししゅんじゅんしてからカギを渡した。
 
 
当然ながら給電には男は隣についてきた。
 
 
どうにかスキを見つけて車を奪わなければ。
 
 
そう焦るばかりで、
あっと言う間に給電は終わってしまった。
 
 
「旅には水が必要でしょう」
 
 
俺は咄嗟にそう言うと、
料金は給電代だけで結構ですよと、
巧みに相手を再び店の中に連れ込んだ。
 
 
その間も中々隙がみつからないでいると、
支払いも終わってしまう。
 
 
「水を車までお運びしましょう」
 
 
そう言って運んでいる途中で、
男は店の中に何か忘れ物でもしたのか、
戻っていった。
 
 
 いまだ!
 
 
その瞬間を俺は見逃さなかった。
 
 
男が店の中に入った瞬間車に向かって駆け出す。
 
 
車に飛び乗りエンジンをかけると、
そのまま走り出した。
 
 
後ろで男が待てと言ってるようだったが、
よく聞き取れない。
 

どちらにせよそう言われて止まる(はず)はないのだが。

 
そのまま砂のスモークの中に走り去った。
 
 
さて、すぐに妹を追いかけなければ。
 
 
そう考えだした時に、
突然後部座席から手が伸びて首を絞められた。
 
 
車が左右に揺れる。
 
 
宇宙服を着た誰かが後部座席で寝ていたようだ。
 
 
そのため気がつかなかったミスを呪った。
 
 
俺はその手を振り払いながら、
顔面マスクを殴り付けた。
 
 
思ったより簡単に吹き飛ぶ誰か。
 
 
『きゃあ!』
 
 
幼い声には聞き覚えがあった。
 
 
倒れ込んだ華奢(きゃしゃ)な体。
 
 
「マヤか!?」
 
 
『お兄ちゃん?』
 
 
その一瞬の空白が命とりになった。
 
 
前方で何かにぶつかり、
したたかに顔面をフロントガラスに打ち付けた。
 
 
宇宙服のフェイスガードが血で染まる。
 
 
後部座席から飛び出した妹は、
フロントガラスにぶつかり、
顔面のフェイスが割れて顔があらわになっていた。
 
 
血に染まったその顔は紛れもなく妹だった。
 
 
死んだように動かない妹。
 
 
何がどうなっている?
 
 
これは夢なのか?
 
 
俺は車から這い出して、
前方で大破した車の中を覗き込む。
 
 
そこにうつぶせた人が1人。
 
 
フェイスが割れて血まみれの顔を覗かせる
妹《マヤ》が乗っていた。
 
 
僕は愕然として立ち尽くし、
砂塵(さじん)(かす)む路上のその先を見つめた。
 
 
そこにはどこまで続く車が連続して衝突(しょうとつ)し、
大破して止まっていた。
 
  
  
                 終わり


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