蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜



・・・狡い

その低い声に簡単に揺らぐ感情


記憶の中の大ちゃんは
私のことを『蓮』なんて呼び捨てにしたことはなかった

名前の呼び方ひとつだけで


顔を上げることすら出来ないまま

情けないことに
目の奥まで熱くなってくる


ギュッと握ったままの鞄の持ち手を凝視して

どうか涙だけは溢さないようにと踏ん張ってみても

あり得ないないほどに震える身体と
掻き乱された感情に
自分が上手くコントロールできない


「もう・・・俺の顔を見るのも嫌か」


・・・違う、そうじゃない


でも今更それを言ったところで
何かが変わる訳じゃない

大ちゃんに返事もしないまま
俯いていると


「花、悪いことしたな」


そう言うとサッと扉を開け
廊下へ向けて半歩出た大ちゃんは


「そうた」と呼んだ


「どうぞ」


「ありがとな」


声だけのやり取りを聞いていると


「ほら」


私が購入したものと同じ百合が
同じラッピングで差し出された


「受け取って欲しい
蓮の花は俺達を囲んでた女達が
ダメにしてしまった
巻き込んだことのお詫びだと思ってくれて良い」


強引に押し付けるようにされた百合の花


人集りの原因が大ちゃんにあることを知って
身体からスッと熱が引くのを感じ
頭の中が冷静さを取り戻した

花を巡っての押し問答の時間すら無用だと

鞄から手を離して片手で受け取る


「体調が悪くなったら遠慮せずに
橘院長へ連絡すると良い
その方が俺も安心する」


「・・・はい」


「それから・・・」


そう言ってポケットの中から小さな紙を取り出した大ちゃんは


「俺の連絡先」と
電話番号かアドレスが書かれているであろう紙も差し出してきた


・・・・・・なんで


これを受け取ったら
あんなに辛い想いをして大ちゃんと離れた意味がなくなる


一瞬で揺らぐ想いに蓋をすると
負けないように顔を上げた


「今日はお世話になりました。
それから、お花もありがとうございます。
身体のことは大丈夫です。何かありましたら橘院長へ連絡します」



『何時如何なる時も、何処に居ようとも東美であることを頭に留め置き粗相の無いよう・・・』



理事長の言葉を頭に浮かべながら
丁寧にお辞儀をする


「ごきげんよう」


一刻も早くここから出たくて
早足で大ちゃんの横をすり抜けた
















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