蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜

両親と祖母の写真が並ぶ小さな仏壇の前に座る


生けたばかりの百合を見ながら
胸の前で両手を合わせた



□□□



「蓮、身体は平気か?」



居間に戻って早々
唐突にかけられた祖父の言葉に驚く


「ん?」


「橘病院から電話があった」

あぁ、そういうことね

その一言で三時間半の説明が不要になった


「うん、大丈夫だから・・・
何かあれば橘病院へ電話することにしてるの」


「そうか」


電気ケトルから湯気が上がり
ティーセットを用意した祖父は
手慣れたように茶葉の缶を手に取った

透明のティーポットの中で広がる茶葉を二人でジッと見つめ
紅茶の香りが立ち始めると、この話はお終いになった


「今日は蓮の好きなお菓子があるよ」


ティーカップを並べた後で
祖父はケーキの箱をテーブルに置いた


「おじいちゃん、ありがとう」


小さな箱を開いて覗くと、見えたケーキに息を飲んだ


「・・・これ」


「好きだったよな?」


「うん」


郊外に店を構えるsorrisoは
チーズケーキ専門店

ここのチーズケーキは大ちゃんのお母さんである“飛鳥さん”が好きだった

大ちゃんとは毎日一緒に居たから
必然的にsorrisoのチーズケーキは私の大好きなお菓子になった

六年生に進級する春休みに
飛鳥さんと食べたのが最後だから


あれから六年


「紅茶も冷めないうちに」

優しく微笑むおじいちゃんに

「うん。いただきます」
笑顔を見せて手を合わせた

ひと口食べただけで懐かしさが蘇る

それと同時に

大きな口で頬張っていた大ちゃんを想い出して胸がギュッと苦しくなった

今日一日で
久しぶりの大ちゃんとチーズケーキ

そして。
この胸の苦しさは・・・


きっといつまで経っても消えることはないだろう



・・・



外出初日を終えた夜は
自分が思ったより身体も心も疲れていたようで

消灯時間より前にベッドに沈んでいた



そんな私は

駅前で大ちゃんに再会したことも

郊外店舗まで足を運ばなければ買えない
sorrisoのチーズケーキが
実は大ちゃんからだったことも



そして・・・


この日をキッカケに
止まっていた二人の時間が動き始めることも



何も知らないでいた














< 13 / 160 >

この作品をシェア

pagetop